ニューライフパラダイス

  • 2016.07.12 Tuesday
  • 22:59


月並みなことだけど
手紙なんて書いてみたよ
夕べずっと考えていたんだ
そしたらなんか泣けてきちゃったんだよ

お別れは笑ってしよう
明日になればお腹も空くさ
でも僕はまたウソをついたよ
わかってる 心は知ってる

もっと一緒にいたかったけど
誰かれにも「その時」はやってくる
胸にあるタイムマシーン
乗ってばっかいないでさ
もう戻っておいでよ

そう 僕らが旅を続ける限りお別れはあって
手を振りあっては
同じ夢を見ていた空の下を歩いている

アルフレードはこう言ってたんだ
「ノスタルジーに惑わされるな」
「自分のすることを愛せ」ってね
トトはじっと聞いていたよ

そりゃ毎日好きなモノでも
食べていたら飽きることもあるだろう
でも今夜もまた浮かぶ月を見て
飽きるもんじゃないだろ?
眺めていたいだろ?

そう 僕らが旅を続ける限り思い出はあって
手を取り合っては
同じ月を見ている空の下で笑っている

ニューライフパラダイス
忘れないよ あの日の涙
ニューライフパラダイス
宇宙の彼方にまだ愛は隠れてる
だからそいつを探しにいかなくちゃ

そう 僕らが旅を続けた後で溢れてくる
その思いは誰かのためなんだよ
それが心を満たしてくれる

だから歩いてゆける
笑ってゆける
だから愛してゆける



【ガチ解説】
自分がまだ二十歳を少し過ぎた頃に観た名画中の名画『ニューシネマパラダイス』を初めて観た時の衝撃は相当なものだった。劇中で町を離れるトトにアルフレードが言った
「ノスタルジーに惑わされるな、自分のすることを愛せ」
というアルフレードの言葉に、トトに対する深い哀しみと深い愛情が交錯して詰め込まれていて、心の奥から切なさで震えたことをよく覚えている。
そのおかげで僕はその後の今日までの人生で、アルフレードの言葉に何度も助けられてきたし、あれから二十年以上の月日が経った今も、その言葉は生き生きと僕の胸の中でまだ蠢いている。
だからタイトルからも伺える通り、この曲の半分はアルフレードが連れてきてくれた曲なのだけれど、僕は僕なりの人生の中で出逢えた愛すべき人たちの顔が書きながらたくさん浮かんで、どんなに陳腐な存在であろうと、歌を作ってそれを歌える人間で良かったと、こうした思いを曲として残す手段を持たせてもらえたことに深く感謝している。

まだ七月だというのに、今年ほど自分が大切に思い、深く関わってきた人たちとのお別れが多い年なんて無い。それは、死も含めて。
この世界に「絶対」なんてことが無い以上、誰ひとり例外無く、今傍にいる人たちが来年の今頃にも自分の傍にいてくれる保証なんて無いのだと、だからこそ傍にいることは奇跡なんだと、僕はずっと思い続けてきた。
広い道の時は良かった、けれどこの先の道が先細りになって崖道になっていたらどうする。
明らかにキラキラとした街がその先に見えている道と、その先に鬱蒼とした森しか見えない道とで分かれていたらどうする。どっちへゆく?そうやって僕らは自らの意思であったり、誰かに誘われたりの選択を繰り返し、今、この道の上に立っている。

正解なんて無い。
僕らは繊細な糸で紡がれた世界で生きていて、それを解れさすまいとあくせくしているけれど、一度ほつれてしまった糸を再び同じように紡ぎ直すことがどれほど難儀なことか、それは分かってる。
何故って、人はそれぞれの異なるスピードとやり方でこっそり経験して成長しているし、傍にいなければそうした変化に気付くことが出来ないから。
同じ場所で再び巡り逢ったとしてももう違う人間になっている、それが道筋というものだから。

それでも人ってかわいくて、どんなことがあってもいつかはしっかり立ち直り、笑い、人に出逢って、また誰かを好きになって新しいコミュニティを築き、幾多もの色の糸をまた自ら紡いでゆく。
新しい仕事に就いて新しい評価を手に出来る人もいれば、家庭を持ってパパやママになり、新しい喜びや新しい価値観を手に、真っさらで新しい人生を歩んでゆく人だっている。
自分が知らなくたって、大好きな人たちがどこかでしっかり人生を謳歌している、と想像するのは、相手が大好きな人たちならば楽しいことなのだ。

人を思う時って、自分がとてもたくましく思えるんです。
若い頃のように、根拠のない自信を掲げて自分自分と胸を張っていた頃よりも、ずっと深い部分でたくましく思えるんです。
それはなぜなんだろう、きっと大好きだった人や大好きな人からの言葉の欠片を拾い集めて胸がいっぱいになっているからなんです。
だから今までいた場所とは違う新しい環境での帰り道にふと、同じ月を見ているのかなぁ、と自分を通り過ぎた人たちのことを思える瞬間が多ければ多いほど、その人は良い人生を送ってきたに違いないし、その一瞬こそ胸が痛んでも、その時に笑ってさえいられたら、傍で笑ってくれる人がいれば、それは豊かで愛しき出来事としてまたひとつ自分自身に重ねられる瞬間になると信じているんです。

今の僕にはわかる。アルフレードが言った「ノスタルジーに惑わされるな、自分のすることを愛せ」という言葉には、自分という人間がトトにとって絶対という存在に成り得なかったことへの哀しみであり、絶対という存在としてトトを傍に置いておけなかった自らの無力さと悔しさに溢れていたのだと。

自分のためだけに生きるには限界がある。
絶対的な存在が傍にあるからこそ、絶対的に成り得る人が傍にいるからこそ、人間ってたくましくも弱くもなれる。
この世界の向こうにはきっとそんな人がいるよ、もしかしたらもう傍にいるんだよ、そうした気持ちを歌にしたかったんです。
でもまだまだ力不足なんだ。
伝えたいことの半分も表現し切れなかった。
だから僕はそれを手に入れるまでは歌う。
伝えたい人がいる限り僕は歌うんです。

でもね、アルフレードはウソつきだよ。
トトはアルフレードに言われた通り、ノスタルジーに惑わされず、自分のすることを愛しながら生き続けた。
だけどそんなアルフレード自身はノスタルジーに惑わされながら生き、そして死んでいったのだ。
そんな、かつていつも一緒にいたアルフレードとトトが、長い年月を越えてその思いを再び巡り合わせる最後のシーンは、人間という生き物の儚さと愛しさ、そして悲哀を含んだ喜びを教えてくれる。

僕も死ぬまでにそんな歌を作りたい。
届けたい人に届く歌を歌いたい。
この曲がそんな足掛かりとなる曲となってくれることを願って。

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