女心も男心も

  • 2015.01.06 Tuesday
  • 22:51


皆さま、遅ればせながらとっくに新年明けてしまいましたね、おめでとうございます!
毎年毎年、個人的な感覚としては年の瀬気分や大晦日気分が薄れてゆく一方なのだけど、やっぱり大晦日の夜に除夜の鐘が遠くから聴こえてくると静かな気持ちになるし、年が明けてテレビで箱根駅伝を観ているとやっと正月気分がやってきて、昼からビールを呑み、グダグダっと横になり、知らないうちに寝てしまい、知らないうちにゴールしている、という毎年恒例の様相を晒していた。
でも僕がまだ小さかった頃の日本のお正月というのは本当に静かでのんびりとしていたもので、今みたいに24時間営業しているコンビニエンスストアなんて一つも無ければ、スーパーも町の商店街も工場もどこもかしこもお休みで、正月に賑わっているものといえば、葛飾の狭い空に所狭しとそよぐゲイラカイトと焚火の煙の向こう側で酒宴に興じる男たちくらいのもので、シンとした静かな町に羽根を突く羽子板の音があちこちでよく聞こえたものだ。

しかし昨今の日本の正月は元旦から早々賑やかだ。
昔N.Y.の八番街48stに住んでいた頃、アパートから歩いて五分もかからない場所にあった人で溢れかえるタイムズスクエアのカウントダウンで、ハッピーニューイヤー!と知らない外人からシャンパンをかけられ、それに応戦するように持っていたビールを顔にぶちまけ、ワケの分からない奇声を発しながらそいつと抱き合っていたその時間は確かに賑やかで楽しいものではあったけれど、あれから二十年の月日が流れて大人になった僕にとって、今はただただ心身穏やかに新年を迎えるほうが俄然性に合っている。

そんなことを言いつつも、去年の大晦日にはちゃっかりカウントダウンライブに出演した。
でも出番は二番手の十六時半。若手か!とつい突っ込みたくなるような時間帯だが、これは先述したように、心身共に元旦を穏やかに過ごしたい、と僕が要望したのをライブハウスが応えてくれた形であり、一年間お世話になったライブハウスに対しての挨拶のようなものなので、それはよしとする。
その日はナオトバンドの初期ギタリストであり、かれこれ今年で十九年の付き合いになる盟友カトヒロと久々に会い、久々に一緒にステージに立ち、帰りに歌舞伎町の居酒屋で一杯やった。
カトヒロは今やプロギタリストとして忙しい日々を送っている身なので、一緒にステージに立つことはなかなか難しいことなのだが、こうして一年の終わりの日に隣りでギターを弾いてくれたことが本当に嬉しかったし、久々に一緒に呑んだビールはやっぱり美味だった。しまいには店を出た後でカトヒロが今夜は奢ると言い出して散財させてしまったが、こういう時のカトヒロの気持ちもとてもよく分かるので、次は俺の番で、ということですっかりごちそうになってしまったな、ありがとう。


photo by hiromi

何年会わなくなったら親友と呼べなくなるのか。
昔、そんなことをよく考えた。
何ヶ月、何十ヶ月、何年ぶりかに会っても心の印象がまるで変わらないヤツもいるけど、人の心がずっと横ばいなまま、同じ場所で同じ状態で保たれていることなどまずあり得ない。
なぜなら、人は人の知らないところでこっそりと経験し、こっそりと成長しているからだ。
だからカトヒロに限らず、しばらく会えていない人たちなんて数えきれないほどいるけれど、仕事での失敗や成功や、家族や将来の展望や、事故や事件や、恋患いや失恋や、挫折や成就や、しばらく顔を合わせていない間にもそれぞれがそれぞれの変化の中で、些細なことから何から何まで色々なことが起きている。
そのおかげで心が成長していることもあれば、心がすっかり退廃し切っている時だってあるだろう。

大事なのは気付けることだよね。
だって気が付かなくなることは、やがて無関心で空っぽな関係を生むだけじゃない。
気付いてもらう為に特別な何かをするのではなく、自然なやりとりの中で気付いてくれた人を大事にする。
そして気付いてもらえたことに気付けること。
そして気付いたことに気付ける人。
その関係こそが心友、つまりソウルメイツ、ってヤツだよね。

「ナオトさん、女心って説明出来ますか?」
「女心!? えー!それを本当に説明出来る男って世の中にいるのかな、アインシュタインでも分からないんじゃないかい?」

昔、仲の良かった女のコと呑んでいる際、唐突にそう尋ねられてしばらく唸った後で僕はそう答えた。
彼女は僕の言葉を聞いて頷くと、思考を巡らすよう宙を見やったあとにこう言った。

「察する心を願う心…」
「…ん?察する心を、何?」
「あ、ちょっと違うかも、んー、えーっと、察っして欲しいと念じる心、かな!私が女として思う女心は!」
「察して欲しいと念じる心…あー、なるほどなぁ…でも大人になると気付いていても気付かないフリが上手くなってね、で、それがいつの間にかフリではなくてフツーになってしまうのよ」
「えー、それつまらなくないですかー」
「つまんないね、それに正直に泣いていた頃よりずっと胸も痛い、このみぞおちの辺りがね。でもたぶん、それは俺の器というか、俺の心が偏狭なだけなんだろうなぁ」
僕は彼女にそう言うと、でもそれちょっと分かります、と彼女は言って、クスっと笑った。

「でも面白いのはさ、そういうことを繰り返していると、他人が気付いてないフリをしていること自体に気付くようになったり、周りから気が利かないヤツだと思われているような人でも、よく観察してみるとそれは気が利かないんじゃなくて、気を利かして気が利かないフリをしているだけなのに、と気付いたりしてね。それは誤解を生むやり方だけど、相当高度なテクニックだよね」
と僕は言って、あははは!と我々は笑った。

でも彼女の言っていたことが本当なら、男心も女心を内包していることになる。
だって男女問わず誰だって、自分の本当の気持ちを察して欲しいと願う心は持っているし、日々に於いての悩みはそれが例え1%であったとしても重要な部分はそこに集約されていると思うからだ。
ファンタグレープを飲んでみろ、あれはれっきとしたグレープ味だが無果汁だ。
ファンタグレープの美味さに於いて重要なのは果汁何%にあるのではなく、他の何かに潜んでいるからに違いないのだ。

何年何十年と経っても心から消えない言葉がある。
それはただただ自分にとって都合のいい賛辞の言葉だけではなくて傷付いた言葉もあるかもしれない。
けれど残っている、ということはそこに言葉の火種が残っているからであって、それが成長の糧になるのか恨みの毒になるのかは分かる術も無いけれど、気付いているから再び火が灯るのであって、気付いていなければ始まらないことばかりなんだよね。

最近言われた言葉でずっと胸に残っていることをひとつ。

本来そこにいる人ではないー。

言った本人は何気なく言った言葉かもしれないけれど、この言葉だけで今年の上半期は乗り越えられる。
いや、ずっとかもしれないよ。
だから大晦日も正月も、心に大きな励みと栄養を与えてもらえたことを感謝しています、ありがとう。

2015年の今年、出逢いも大事にしたいけど、大切にしたいものはハッキリと見えています。
頑張ります、こんな俺だけど今年もどうぞよろしくお願いします、という気持ちを込めて。

2015年という新しい一年に、ワンダフル!

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