心と言葉の大いなる引力

  • 2014.07.26 Saturday
  • 04:45


心。
結局何をするにもここに辿り着く。
最終的に信頼出来るものは
ここにしかない、というかね。

心のままに生きる、というのは、
正直になり過ぎることとは違う。
心を大事にする、というのは、
多角的に見れば正直さを隅に置いて、
時に我慢しなくてはならないことも含まれている。

そこで言葉がある。
心が始めにあるからこそ、
言葉が生まれてくる。
本来は。

それなのに不思議だよね。
医療から通信から、
何もかもが発達して進化しているこの世の中で、
言葉だけは進化するどころか、
どんどん退廃して汚くなっている。
「言葉は心で作られている」と言うのなら、
言葉を正すことで心も作られるはずだと、
俺はそう思っているのだけどな。

個人的には、昨今の日本語がワケの分からない略語やらに侵食されていることを、
すべて笑って看過することは出来ないのだ。
だって大事な部分を安易に簡略してしまったら、
省かれた言葉たちはいったいどこへ行けばいいのだろう。
それは思いやりさえも省いてしまうような気がするし、
先人さんたちが作り出した言葉への冒涜ともいえるではないか。

丁寧な言葉を使おう。
そんな極端なことは思っていない。
ただ言葉ひとつで心が穏やかになれるのなら、
こんなに簡単でピースなことはないし、
呼吸をするように毎日使うものだからこそ、
それを繰り返していれば習慣になり、
やがて心が作られる。

だから心がそわそわしたり
乱れそうなそんな時は、
言葉でウソをつけばいい。
それだけで心構えは変化するし、
やがて傍に寄って来る人間まで変わってくるものだからだ。

言葉は信じない。
それで結構。
でも心は見えないし、
心はウソをつけないよ。
だって心は宇宙だもの。
だから心を大事にするためには
言葉でウソをつけばいい。
徹底的に上手く。
それでいて詰めは甘く。

その中でそんな言葉を拾ってくれる人。
気付いてくれる人たちが、自分の心を作ってくれる。
気付いてくれる人たちを大事にすることで、
心の一番大事な部分も同時に温められる。
だから言葉で心は作られる。

愛についての喜びが、
愛してると言われることでも
欲しがることでもなく、
愛してる、と自ら口にすることで得れることと同じ。

それが心と言葉の大いなる引力なのだ。


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