自転車ストロー

  • 2016.03.04 Friday
  • 20:10


「さ、早く帰らないとお母さんが心配するよ!」
姉のその言葉で、スーパーのジューススタンドでクリームソーダを飲んでいた少年はいそいそとソレを飲み干し、ストローだけを名残惜しそうに口にくわえながら、急ぎ足でスーパーを出ようとする姉の後を追った。夏も真っ盛りの八月、小学五年の姉と二つ違いの弟である少年は夏休みの真っ只中で、暑さに茹だりながら部屋でゴロゴロとしている様子を見た母親が、いつまでも家でゴロゴロしていないで外にでも行って来なさい、と言って、伯方の塩と胡麻油、あとはボソボソになりかけているお父さんの豚毛の歯ブラシを一本買って来てちょうだい、との使いを頼まれて、姉と少年は自転車で家から十分程の距離にあるスーパーへと買い物へ来ていたのであった。

「ねえちゃん、無線ごっこしながら帰ろうぜ!」と少年は言った。
しかし姉はそんな少年の言葉など気にとめず、そそくさとスーパーの自転車置き場へと向かうと、
「くだらないこと言ってないで、ほら、早く行くよ!」
と言って買い物袋を自転車の籠に入れると、脇目も振らずに先へと自転車を走らせた。少年はくわえていたストローを自分の自転車のハンドルについてあるベルの隙間へ無理やり挟みこみ、まだクリームソーダの甘い香りが残る口元の蛇腹の部分をククッと自分の口のほうへと曲げると、
「応答願います!応答願います!」
と無線機のマイクに見立てたそのストローの先に向かって叫びながら姉の自転車を追った。無線ごっことは、たった今少年が思いついたことで、自分と同じように姉にも自転車にストローを取り付けてもらって、応答願います!と言ったら、了解!などと応答してもらいながら自転車を走らせて欲しかったのだが、無線ごっこをするにもそもそも姉はストローをすでに捨ててしまっていたし、そんな頓知間なくだらない遊びに小学五年にもなった姉が付き合うはずもないことが、少年にはまだよく分かっていないようであった。

「待て待てーー!待つのだーー!」
先をゆく姉と少年の距離は、二トントラック三台ぶんくらい離れていて、姉は下に国鉄が走る陸橋のふもと付近へとすでに差し掛かっていたが、あの陸橋を越え終えるまでには姉の自転車を追い越してやるのだ、と少年は強く決意し、鼻息をいっそう荒くして立ち漕ぎをしながら姉の自転車を猛追した。少年は陸橋の上り坂を一気に上り切り、下り坂の中腹付近でついに姉の自転車を捕らえると、少年は前傾姿勢でストローの先に向かい、
「発見!発見!ただいま敵を捕らえました!」
と叫びながら姉の自転車の脇をすり抜け、ついには追い越したのであった。
「おーー!いえーーーーぃっ!!」
無線ごっこなのだから、敵もクソもないはずなのだが、少年はこの戦いの勝利者となり、得意気になって姉のほうを振り向いた、その時である。

立ち漕ぎをやめてサドルに座りかけた際、猛スピードで走っていた自転車のペダルから少年の足が外れて路面に足が付くと、瞬時にしてバランスを崩した少年は転倒してしまい、多くの車やトラックが行き交う車道へと自転車ごと投げ出されてしまった。あまりに一瞬の出来事に、少年はいったい自分の身に何が起こったのか分からなかったが、投げ出された少年の体と自転車は少年の意思で止められるはずもなく、陸橋の下へ下へと転がることを止めなかった。
少年のすぐ後方を走っていた青い色をしたダンプカーが、その重い体を制止しようと、すさまじくも忌々しい大きな音を立てながら急ブレーキをかけ、それは少年のすぐ足元で止まった。
「バカヤロー!」
大きな怒声が仰向けに倒れている少年の頭の上から聞こえて、トラックのドアが激しく開かれると、白い汚れたタンクトップを着た屈強な男が血相を変えながら降りてきて少年の元へと駆け寄ると、
「大丈夫かおい!」と倒れている少年の細い肩をさすった。
「うぅぅ、、うぅ、、、」
少年は路面を転がっている際に顎と肩、肘と裏太ももを強かに擦りむいて、特に半ズボンから覗く右足裏太もも辺りは広範囲に渡っての擦り傷を負っていて、霜降り肉のようになって赤い血が滲み出している擦り傷の中には細かい砂利が多数食い込んでいた。男は少年の小さな手を握りながら、「頭打ってないか、大丈夫か!」ともう一度問いかけた。
「うぅ、すいませんでしたぁー、、、」
少年はそう言って路上に座りながらペコリと男に頭を下げると、男は少年の顔と体をくまなく凝視して確かめた後に、「よし!」と言って、握ったままの少年の手を引き上げて立たせると、少年の頭をクシャクシャと激しく撫でながら、
「気をつけろよォー、こんなところでお前、、、危うく轢き殺すところだったぞ!」と言って、少年は、「うぅ、ごめんなさぁい、、、」と言って再び頭を小さく下げた。

陸橋の片側車線がそのダンプカーを先頭にして渋滞を起こし始めていて、その反対側車線では、そんな少年と男とのやり取りを、何事か、と思うような目で見ながらゆっくりと車が傍を通り過ぎていた。そしてどこの誰かかは分からないが、道路の真ん中まで放り出されてしまった少年の自転車を押して陸橋の壁にかけてくれていた。そんな最中、心配もせずに後ろで大笑いしていたその姉とは、少年であった僕の、実の姉である。まったくひどい人だと思う。

その後、白い汚れたタンクトップを着た男が運転席からヨレて古びた絆創膏を二枚持ってきて、その太い指で少年に渡すと、
「貼っとけ。でも家帰ったらちゃんと手当てしとけよォ、気をつけてなー」と言って僕の頬を軽く叩きながらニヤリと笑い、後続車の運転手に軽く頭を下げながら足早にダンプカーへと乗り込むと、荷台からバラバラと砂利をこぼしながらその重そうな体を再び手荒く動かした。やがて渋滞していた車列が正常な流れを取り戻すと、僕は壁にかけられた自転車のもとへびっこをひきながら歩いてゆき、ひしゃげて歪んでしまった前輪を、少し先にあったガードレールとガードレールとの間に挟み込みながら、必死に元に戻そうと試みたが、車輪はいつまで経ってもひしゃげたままの形で、元通りの姿には戻ってはくれなかった。

姉は本当に可笑しい、といったように笑いながらやっと僕のもとへやって来ると、
「だいじょぉーぶー!バカだなぁもう!」と言いながら、霜降り肉になった僕の裏太ももを覗き込んだ。
「うるさい!なに笑ってんだよ!」と僕は泣きそうな声で抗議した。

「なおちゃん、そんな自転車はここに置いて、おねえちゃんと二人乗りして帰ろ」
「ねえちゃんのバカタレ!」
「なんで?なんであたしがバカタレなの!」
「ねえちゃんなんて嫌いだ!この薄情者!」
「なんでー!なおちゃんが一人で勝手に無線ごっこしようなんて言って勝手に転んだんでしょー!」
「うぅ、、、!姉ちゃんなんて嫌いだ!先に帰れ!」

僕はひしゃげてしまった自転車を押しながら、家までの道のりを歩いた。先に帰ってしまっていたと思っていた姉が、陸橋から少しばかりいった曲がり角を曲がったところで待っていて、傍に来た僕の額を笑いながら突つくと、持っていたピンクのハンカチをそっと太ももの傷に当てながら、
「あーぁ、痛そ!本当にバカなんだからぁ、お家帰ったらすぐ手当てね、さ、帰るよー」と、さっきの男と同じことを言って、僕は痛い痛い、と言いながら、僕に代わって姉が押してくれている僕の自転車のひしゃげた車輪が、歪曲しながらクルクルと回り続ける様をぼんやりと見つめながら歩いた。
それがひどく天気の良い日で、あちこちに大きな入道雲が生えて空を塞いでいたことはよく覚えている。けれども無線機のマイクに見立てたストローがどこへ飛んでいってしまったのかは僕には知る由もなかったし、知る必要もなかった。

あれから何十年という月日が流れて、僕は少年から青年を飛び越えて中年になってしまったが、大人になった今も、そこがモスバーガーであろうとマックであろうと、こうしてストローを見るたびにあの時のことを思い出す。
遠く、青い日々の、まだ恋も知らぬ頃の思い出の一頁である。

ストッキング

  • 2014.09.11 Thursday
  • 22:10


おおらかでやさしく、そしてわがまま。
これが彼女の、今の時点での僕のイメージらしい。
「この三つだけは確信ある。いろいろと分析してみたの」

もう一度復唱してみよう。
おおらかでやさしく、そしてわがまま。

「そのわがままってのが引っ掛かるなぁ」
僕はビールを口にしながら彼女に尋ねる。
「わがままよ。あなたにはこれだけは絶対、というモノがあって、それに関しては人が変わったように何が何でも引かないし、絶対に譲らないの」
彼女は僕の目をじっと見つめて、時折笑みを浮かべながら言った。

「なるほど、、、でもさ、誰でも譲れないモノの一つや二つくらい持ってると思うけどな」
「うぅん、あなたの場合は少し特殊なの。例え私が今夜だけは一緒にいたいと言っても、考える間もなくそれは無理、って簡単に言う、そういうところも含めて」

彼女のバッグの中には、先ほどこの店に入る前に立ち寄ったコンビニで買ったストッキングが入っている。
僕に逢ってすぐ、手に持っていた鞄のファスナー部分で引っ掛けて伝線させてしまい、
どこかでストッキングを買いたい、とのことだったのだが、
それは同時に、その時の彼女がいつもそうであるように、
今夜はあなたと一緒にいたい、という僕に対しての彼女なりのサインでもあった。

「もうどうせ帰るだけなんだからいいじゃないかそれくらい」
「イヤ。伝線してるストッキングを平気で履いている女の人を見ると、同じ女として恥ずかしいというか、許せない気持ちになるの」

彼女は、例外を除いた世の中の殆どの女の人がそうであるように、
ほんの少しのものでも、伝線したストッキングを履き続けることを許せなかった。
僕は何となく、そんな伝線したストッキングに僕と彼女の関係を照らし合わせてみる。
伝線したストッキングに、彼女のバッグの中に入っている新しいストッキング。
何度履き続けてもなかなか伝線しないストッキングもあれば、
新調したばかりなのにすぐに伝線してしまうストッキングもある。
どちらにしても長く履き続けられるストッキングなどきっと皆無で、
ストッキングは生まれてから死ぬまで、繊細という名のもとで使命をまっとうし、
そんなストッキングにとって、伝線することはもはや宿命とも言える。

彼女は時計を見る。すでに午前0時を回っている。
「帰らなきゃ、終電なくなっちゃう」
「ごめんね、気を悪くしないでおくれよ」
「気は悪くしてないけど、なんか寂しいね、こういうの」

男は今日を見る生き物で、女は明日を見る生き物だ。
とは、昔何かの本で読んだ一文だ。
それがどういう意味を指しているのかをうまく理解することが出来れば、
僕は同じことで何度も悩むことなんてないんだろう。
でもそう、男と女のすることなんて、相手が変われどいつもだいたい同じこと。
同じことをして、同じことを求めて、同じことに悩んで、そして失敗する。

改札で彼女を抱きしめる。
このほんの何秒間で、僕と彼女のいったい何を繋ぐのだろう、と考える。
だって振り向いた時にもういなくなってるとすごく寂しいんだよ、あれ。
いつか彼女がそう口にしていたように、
いつからか本当に、改札口で見送る僕を彼女が振り向くことはなくなった。
けれども考えてみれば、僕がそこに留まろうが、すぐにその場から去ってしまおうが、
それが僕と彼女のこれからの関係の指針となるわけではないのだ。

彼女が僕のいる改札口のほうを振り向かないことを知りながら、
僕は彼女の姿が消えて見えなくなるまで、彼女の後ろ姿をぼんやりとした気持ちで見つめる。
そんな時僕はいつも、鏡に映る自分の姿はうまく取り繕うことが出来ても、
人の後ろ姿というのは何て無防備なものだろうか、と、こうして彼女を見送るたびに考える。

彼女の姿が見えなくなって、僕は踵をかえす。
深夜の薄暗い道を歩きながら、僕は彼女のバッグの中に入っているストッキングのことばかりを考えた。
丸まってクシャクシャになって、簡単に捨てられてしまうストッキングのことを考えた。
ストッキングなど、ほんの少し軽く指で引っ掛けた程度で伝線するのだ。
ほんの少しの力で、音もなく、静かに、スーッと。
まるで頼りない、我々の関係のように。

おおらかでやさしく、そしてわがまま。

狡さを多く含有する僕のわがままは、精一杯息を吸って吐き出したところで、今さら僕の体から消えてゆくことなどない。
そして彼女は、伝線したストッキングを許すことなど、きっとこれからだってないのだ。

週末列車

  • 2012.05.28 Monday
  • 19:21
 

都心から遠く離れた場所を走る、週末の午後の列車の中は、宿主を失った遊園地のように静かで、その速度は、車窓の向こうの快晴の空に浮かぶ雲の流れよりも遅いように思えた。ガランとした車内では、読書をしている人や新聞を読んでいる人、窓から射し込む午後の光の中で眠りに落ちている人、それぞれがそれぞれのひだまりの中で一時の休息時間を過ごしているように映った。そして僕もこれといって何をすることもなく、そんな人たちをただぼんやりとした頭で眺めながら、軽い眠りに落ちようとしている時であった。

ある駅で、幼い兄妹二人を連れた見た目四十半ばくらいの父親が乗車してきて、その父親と二人の幼いこどもたちは、僕の斜め前の席へと座った。やんちゃ盛りのこどもたちはしばらくの間はじっとおとなしくしていたものの、やがてじっとしていることにも飽きて窓の外へと顔を向けると、足をバタつかせ始めて、小さな腕を振り回すように父親の頭をパチンパチンと叩き始めた。その鈍くも乾いた音は、週末の閑散とした車内で奇妙に高く響いていた。父親は何かを考えているのか、そんな無邪気なこどもたちの小さな手を払い除けようともせずに、微笑ともつかぬ笑みを浮かべながら、少しうつむきがちにこどもたちの好きなようにさせていた。

そのうちに好奇心と遊び心を抑えきれなくなったのであろう小さな兄のほうが、座席から離れて車内をバタバタと走り始めると、もう一人の幼い妹もそんな兄を追うようにその後を走り始めた。そしてひとしきり賑やかに車内を走り回った後でその兄妹が父親のもとへと戻ってくると、今度は靴を履いたままの格好で座席に立ち、まるでトランポリンでもするかのように、きゃっきゃっとはしゃぎながらぴょんぴょんと激しく飛び跳ね始めた。するとさすがに読書を妨げられてしまった乗客や、眠りから覚まされた乗客から、ちぇっ、うるせぇなぁ、などという声が聞こえてきて、その兄妹やその父親を怪訝な面持ちで見つめ始めた。

僕はそんな雰囲気の中でも何も言わずにただその成り行きを黙ってうつむいているだけのその父親を不思議に思ったが、そんなふうにトランポリンごっこをしていた兄妹がちょうど僕の目の前で激しく絡み合って転んでしまったので、大丈夫?と幼い女のコのほうに声をかけて手を貸してやりながら、その小さな体をさすった。幸い兄妹共に怪我はなかったが、それでもそんな自分のこどもたちに対して心配どころか注意一つ促そうとしないその父親に対して、僕はその父親の肩を軽く叩いて、

「お父さん、注意しなきゃ」
と、自分なりの穏やかな口調で忠告したのだった。

すると父親ははっと我に返ったように顔をあげると、
「あ、すいません!今すぐ止めさせますから、す、すいませんでした」
と少し震えた声で僕に謝ったあとで、おいおまえたち、静かにしなさい、ここはおまえたちの家じゃないんだよ、と優しく諭してその幼い兄妹を傍に引き寄せながら、小さな靴の痕がまばらに残った座席シートを手で払いながら、まだらにいる乗客や僕に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。

父親は、泣いていた。
 
近くで見たその父親の瞳は、何日も寝ていないかのような充血した目をしていて、何日も剃っていないかのような不精髭が顔中をまばらに覆っていた。僕は驚いて男の顔を思わず凝視したが、そんな中、まだ遊び足りなさそうな幼い兄が父親の腕の中からするりと抜け出したと同時に、傍にいた妹の手をとって車両の一番端へと走りだし、今度はきちんと靴を脱いで座席シートに座って、兄妹揃って窓へ鼻をぴたりとくっつけるようにして流れる外の景色を静かに眺め始めた。

幼い兄妹が父親の傍から離れて一人で座っている格好になった父親は、それからすいません、と僕に言って再び床に目を落とすと、握りしめた父親の拳に涙がこぼれた。

僕は、それが余計なお世話かどうかもうまくわからないまま、どうかされたんですか?と、今にも嗚咽をこぼしそうに肩を震わせている父親に戸惑いながらも言葉を掛けた。
父親は、すいません、すいません、とずっと口にして、僕は、いやいやそんな、といったふうに掛け合っていたのだが、それからしばらくの沈黙の後、その父親はこう僕に話し始めたのだった。

「あの子たちの母親が、ついさっき病院で亡くなったんです。私自身どうしていいのか分からなくて、あの子たちにどうやって母親の死を伝えたらいいのか、頭の中が真っ白になってしまって…どうもすいませんでした」

僕は思いもしないその父親の言葉に言葉を失って、どう言葉をかけていいのか分からずに言葉を探したが、その瞬間に再び兄妹が遠くで騒ぎ始めて父親は立ち上がると、今、止めさせますから、と言ってこどもたちを制止しにゆく姿をただ黙って見ていることしか出来なかった。おい、お前たち、おとなしく座ってなさい、と注意を促し、その幾分頼りなさそうな両手で幼いこどもたちを引き寄せ、まだ自分の母親の死に気付いていないその幼い兄妹は、無邪気にはしゃぎながら父親の腕の中で暴れていた。父親は、しきりに僕に向かって頭を下げていた。

僕はその父親にかける言葉もタイミングも失って、やがて静寂を取り戻した車内で、僕の心臓の音だけが大きく鳴り響いているような気がした。そしてたまらなく心ない言葉をかけてしまったような気がして所在ない気持ちに包まれた僕は、その父親の肩を軽くさするように手を乗せたあとで、降りるつもりもなかった次の駅で下車した。ゆっくりと電車が走り去ってゆく時も、幼い兄妹を両手に抱えた父親は、プラットホームをゆっくりと歩く僕に向かって、いつまでも頭を垂れていた。

父親と幼い兄妹を乗せた電車が消えて見えなくなると、僕は一人プラットホームに残されて、どうしようもなくやりきれない思いと後悔に似た気持ちに苛まれて、傍にあったベンチに座り込んだ。例え月並みであろうと、がんばってください、と一言声を掛けるべきだったのか、元気を出してください、しっかりしてください、と僕はあの時父親を激励するべきだったのか、僕にはよく分からなかった。それはどれもこれも偽善的で薄っぺらな言葉なような気がしたし、それ以上に僕の心はあまりにも頼りなく、波に飲まれて今にも沈没しそうな小さな船のように揺れていた。けれどももしそうだとしたら言葉はなんのためにあるんだろう、思いやりとはどんな場面で自分から出てくるものなんだろう。波に飲まれて今にも沈没しそうなのはあの父親の心のほうに違いないのに、僕はひとり、その船から逃げ出して海へと飛び込んでしまったのだ。
 
僕は、そこが喫煙禁止場所であることを知りながらも、ポケットから煙草を取り出して吸いたくもない煙草を吸った。するとどこからともなく箒とちりとりを持った駅員がやってきて、お客さん、ここは禁煙ですよ、と僕に注意を促して、僕は、すいません、と謝って、そのちりとりの中に火のついた煙草を押し込みながら消したことを確認すると、今日はいい天気ですなぁ、と言って笑いながら、駅員はカランカランとちりとりの音を立てながら去っていった。僕は次の電車がやってくる時刻を調べるために立ち上がって時刻表を探してみると、次の電車がやってくるまでにはあと三十分も時間があったので、自販機で缶コーヒーを買って再びベンチに戻り、それを飲みながら目を閉じた。あの親子のこれからの行く末だけに心を巡らせていたわけではないけれど、まだ僕の心臓はドキドキと音を立てていた。

だけれども、その心臓のスピードであの親子の乗る電車に追い付くことなど出来やしない。僕たちの住む世界に溢れる後悔という物体の速さは、いつも後々になってその速度を増す。それは少し力を振り絞れば追い付けない速さではないはずなのに、いつだって追い付くことが出来ずにいて、こうして天気のよい日にただただベンチに座り込んでいるだけのような時を過ごす。あの幼い兄妹が、パチンパチンと父親の額を叩いていた鈍く乾いた音が不意に頭の中にこだまして、そんな中、この広い空と流れる雲を眺めていたら、今傍にあるあらゆるものが泣きたくなるような愛おしさに包まれて、僕は携帯電話を取り出して恋人に電話をした。

「どうしたの?」
「いや、ちょっと声を聞きたくなったんだよ」

僕は周りにさきほどの駅員がいないことを確認すると、再び煙草を取り出して、それを吸いながら次の電車を待っていた。

あの父親の涙の残像を追うように、彼らの後ろを走る電車を待っていた。

門の音

  • 2012.05.19 Saturday
  • 00:50


 姉との約束の時間をゆうに過ぎたというのに、三年振りに会った父の運転で、懐かしい地元の町を車で廻ってもらった。つい最近、父がこじんまりとしたアパートに引っ越したとの話を姉からの電話で知り、そんなことは父から一言も聞いていなかったし、確かにかつて我々家族四人が暮らしていた家に一人で暮らすにはいささか広すぎるとはいえ、長年住んだ愛着ある家を手放してまで、いまさらなぜ引っ越しなどする必要があるのだ、と驚きとも呆れともつかぬ感情を抱いた僕は、父が今度引っ越したアパートで簡単な引越し祝いをするからあんたも久しぶりに顔ぐらい出しなさい、との姉の言葉に、わかった、行くよ、と言って、アルバイト先の友人にお願いして数日シフトを替わってもらい、何年か振りに生まれ育った地元の町へ帰省したのだった。
 
 父が運転する助手席から眺める故郷の町は、呆れるほど昔から何ひとつ変わっていないようにも思えたが、かつて雑木林が生い茂っていた場所にマンションの建設が始まっていたり、かつてそこにあったはずの田んぼが整地されて、何とも言いがたい同じような形をした小綺麗な建売住宅が並ぶように建っていたりして、町のところどころに確かな変化も垣間見られ、今年で六十八歳になる父の頭髪には、随分と白髪が目立つようになっていた。

「あれぇ、あの口うるさい親父がやってた酒屋がコンビニになっちゃってるよ」
と僕は言った。

  父はそんな僕の言葉には答えずに真っすぐと前を見据えてハンドルを握りながら、
「ずっと昔、お前に父さんの車を貸してやったその日に、前輪のタイヤをパンクさせた揚げ句バンパーにでっかい傷を付けて帰ってきたことがあったろ?それが後々になって父さんにバレた時、お前は、あの参道の道が悪すぎてパンクしたんだとか、俺のせいじゃないんだとか言って言い訳してたけど、どうせお前のことだから荒い運転でもしてたんだろう」
と父が思い出したように言ってきたので、
「あぁー、あったねぇ!覚えてる!アレね、あの後オートバックス行ってパテ買ってきて、丁寧に塗っておけば絶対バレないと思って塗ったんだけど、パテ塗ったせいで逆に目立っちゃたんだよな。どっちにしてもパンクはどうにもならなかったんだけどさ。まぁでもあの当時の運転はあれがフツーだったな」
と僕は笑って答えた。

「それは運転が荒かった、という意味か?」
「いや、フツーだと思う」

「お前のフツーって意味はよく分からん。まぁでも確かに父さんもな、いつもあそこの参道を歩くたびに、この道はなんとかならんのかと思ったもんだよ。雨なんか降った日にはもうグッチャグチャでなぁ。家に着く頃には父さんの靴やズボンの裾なんてひどいことになった。まぁ両方とも汚れて困るような代物なんかじゃなかったけどな。でもそんな状態で家へ帰るといつも母さんに怒られる。アレにはいつも腹が立った。でもあの道な、今じゃすっかりキレイに舗装されちゃって、遊歩道まで出来たんだぞ」
と父は僕のほうをチラリと見ながら言った。
「へぇ、そこ遠回りして通っていこうよ、姉ちゃんは何とかなるよ」
と父のほうを見ながら僕が言うと、
「お姉ちゃんに怒られるぞ」
と言いながらも、 父はそのキレイに舗装されて様変わりしたという参道へと向かって車を走らせてくれた。
 
 久しぶりに親子三人で会うために、僕と同じように都合をつけて弟の僕がやって来ることを父の新しいアパートで待っている姉は、九年前に地方銀行で働く九歳年上の、絵に描いたように誠実そうな人と結婚し、父の住む家から二駅しか離れていない場所に住んでいる。
子供は、いない。親戚や周りの人々からは、結婚してもう九年も経つのだからいい加減子供を作ったらどうか、と耳が痛くなるほどにせっつかれ続けているらしいのだが、うるさいったらありゃしない、いざ子供が出来て産んだら産んだで、今度は二人目はいつだ、とかそんなこと聞いてくるんだからあの人たち、と前に電話で話した時に半ばふてくされた様子で話していた姉だったが、本当のことを言えばそれは作らないのではなく、姉か義兄のどちらかに原因があって、子供が出来ないのだ、ということであった。
朗らかな性格でありながら、せっかちで気の短いところもある姉は、時間に関しては厳格な小学校の先生のように昔から口うるさかった。そんな姉を待たせてしまうことはつまらぬ小さな諍いを勃発させてしまうことを長い姉弟関係の中で重々承知していたが、僕は父が運転する車の助手席に深く身を埋めると、窓に流れる懐かしい景色に目をやりながら、深い追憶に浸っていた。
 
 母が死んでちょうど今年で十年が経つ。お世辞にもいい母親だったとは言えないし、あまり好きな人ではなかったが、それでも母が亡くなった日の夜、僕は母の亡骸の傍からずっと離れられずにいた。冷たく、硬くなってしまった手をただただずっと握りながら、母親にとっての一生とはどんなものだったんだろう、母親にとっての幸せとは、いったいどんな形を成すものだったんだろう、そんなことばかりを考えた。けれどもいくら思考を巡らせようと、母親の幸せの定義など、例え肉親であっても僕に分かるはずもなかった。

「昔の家、見に行くか?あの辺り変わったぞ、びっくりするぞ」

と父が言ってきたので、僕はしばし考えた後で、行く、と答えた。
僕が十九で家を出て、母が亡くなった後、姉も結婚し、姉は旦那さんと父との三人でその家で暮らすことを提案し続けてきたが、それではお互いに居心地が悪いとの理由から、その後は先述したように父一人で4LDKの家に住み続けていたのだが、僕と姉に何の相談もせずに、あの家、売ったぞ、と言って、新しい家の住所を教えてくれたのは、父がアパートに越したとの連絡を姉から受けて僕が何度も父のケータイに連絡をし続けたのちの二日後のことだった。

「あり得ないよ、黙って家売っ払うなんてさ」
「モテモテだったお前の部屋から出てきたいろんな女の子からの手紙な、あれ全部処分したぞ」
「からかわないでくれよ、そんなもん、別にいらないし」
「いらないのか?ホントは取ってあるぞ、エロ本もな」
「なんなんだよ」
 
 小さい頃、家の裏手に広がっていた田んぼのあぜ道から森へと続く道を歩いて出勤してゆく父の姿を、二階の窓からよく眺めては手を振っていた。それは、父が仕事を終えて帰ってくる時も同じで、夕刻、または夜分に、遠くからよく響く口笛の音が聞こえた時、窓から顔を出してみると、森の道を下りながらもう一度口笛を吹いて、こちらに向かって手を振りながら帰ってくる父の姿が見えるのだった。それはいつ頃からか、これといった決まりもなく始まった儀式のようなものになり、一日の中での楽しみな時間のひとつでもあった。
父の姿が家の裏手に回って見えなくなり、僕が一、二、三・・・と四十を数え終えるころ、家の玄関から五メートルほど離れた場所にある小さな門が、カチャン、と音を立てて開ける金属音が聞こえ、足音が近付き玄関が開くと、家の中の空気が一瞬乱れて、窓ガラスや家具、ふすまがキシキシと微かに音を立てて鳴く。するとそれに少し遅れるようにして、ただいま、という、張りのある父の声が聞こえてくるのだった。

「母さんなぁ、あんな人だったけど本当はお前のことをずっと心配してたんだぞ。会いたかったんだよ、本当は。三十五年も一緒にいれば分かる」
 父が独り言のような口ぶりでそう話しているのを、僕は黙って聞いていた。車はもう昔の家があるすぐそこまでやってきていて、昔の面影をところどころに残しつつも、こんな田舎にも都市開発の波が少しずつながらも押し寄せてきていることを、目の前の光景が黙って教えてくれていた。

「ちょっと止めて」
「どうした」
「ちょっと歩きたい」

 そんな僕の言葉に、チラッとだけ僕のほうを見た父は、今はまだ整地の手が及んでいない田んぼの脇へと車を寄せて車を停車させると、黙って車のエンジンを切った。
僕は車から降りてしばらくその場に佇み、目の前に広がる景色をぼんやりと眺めていた。僕はポケットから煙草を取り出して吸おうとしたが、父と待ち合わせをして待っている時に吸った煙草が最後の一本だったことを思い出し、煙草を吸うことを諦めた。
けれどもそのおかげで、懐かしい町の匂いが体中に染み渡るようにすぅっと入り込んできて、僕をとてもやわらかな気持ちにさせてくれた。そして、僕が子供時代から思春期までのすべてを賑やかに過ごしたこの町は、いざ大人になって立ってみるとこんなにも静かな場所だったんだな、と思った。
 
 歩いている途中で、突然ふと、僕がまだ小学生だった頃によく一緒に遊んでいた、坂内君という友達のことを思い出した。これといって特に仲がいいというわけでもなかったが、ただ近所に住んでいた、というだけの理由と、坂内君の家はちょっとしたお金持ちの家で、当時自分の部屋などは持っていなかった僕からすれば、小学生の身分で八畳もある自分の部屋を与えられていた坂内君のことを羨ましく思う気持ちと、何よりも坂内君の部屋にはトミーやらバンダイのポケットゲームがたくさんあったことから、そのゲームしたさに学校帰りによく遊びに行っていたのであった。
坂内君とは、夏の夜になるとけたたましく田んぼの中で鳴き叫ぶ蛙を静かにさせるために、そこらにある大きな石を拾っては田んぼに向かって投げ込んで蛙を鳴き止ませたり、捕まえた蛙をティッシュペーパーに包んで、ライターで火を付けて焼き殺したりして遊んだりした。 今思えば残酷とも思えるそんな行動も、幼少期を過ぎればそんな行動や発想もなくなって、いわば性衝動にも似たそんな感覚は、中学校に上がった頃には、やがて健全な形として異性である女の子に向けられるようになった。
 
 そんなふうに、ある時期を共に時を過ごした坂内君が、スキューバダイビングの事故で死んだ、ということを人づてに聞いたのは、確か僕が二十二歳の春のことであった。
 かつて自分が住んでいた生家が近くに見えてくると、坂内君への追憶はそこであっけなく途切れた。そして父が売り払ってしまった僕ら家族の生家の前に立つと、胸が不思議な高鳴りを持って動きだしたのを感じたが、それは興奮でも焦燥でもない、得体の知れないリズムであった。

 ここに住んでいた頃、何度も何度も幾度なく通って見慣れたはずの小さな門の脇の表札には、自分たち家族とはまったく関係の無い、知らぬ住人の名がすでに壁に鎮座していた。だが、玄関へ行く前に開けなければならなかったあの小さな門は、あの当時のままの姿でまだそこに存在し、大人になった僕を迎えてくれていた。
 ここを出てから十数年の月日が経ったのだ、と僕は思った。僕が家を出たことをきっかけとして、それから少しずつ家族が分裂していった今日までの日々を思い、僕は幼気な痛みに駆られた。その痛みは、僕をどうこうさせるほどのものではなかったにせよ、こんなにも静かな地で、あんなにまで賑やかな自分の家族がかつてここに存在していたことへの不思議な感慨に僕は静かに包まれた。
 
 その時僕はその小さな門に手を触れて、その門をそっと開けてみた。
すると、昔父が帰ってきたことを告げていたあの門の金属音が、あの頃と少しも変わりない音で、カチャン、と目の前で波紋のように広がったのだった。
 僕は何度も何度も同じことを繰り返してその音を聞いていた。

“カチャン、カチャン・・・”
 
 繰り返してその音を聞く度に、僕は深い郷愁の波に引き込まれ、そして飲み込まれた。そして突如として元気だった頃の母親の姿が蘇り、僕は母親に対して一度も心から手を振れなかったことを初めて悔いた。
 僕はいったい母親の何を許せなかったというのだ。許せなかったことで、僕と母親は結局何ひとつとして始めることが出来なかったのだ。そして僕は、たったひとりの人間すらも許すことの出来ない、つまらない大人になってしまった。どんなに自分にとって許しがたい母親だったとしても、そんな母を父が愛して生まれてきたのが僕なのだ。そしてその僕が母親をずっと敬遠し続けていたことが、母を必死に愛そうとしていた父からすれば、それがどんなに哀しいことだったか。
 父はどうして僕と姉に黙ってこの家を売り払い、ここから離れなければならなかったのか、僕には何となく分かったような気がした。 
 
 僕は門から手を離してしっかりと閉じ直したあとで、しばらくの間、その門と家をじっと眺めていた。すると、さっきからの僕のそんな行為を不審に思ったのか、ここに住んでいる家族の母親らしき女が、二階の窓から怪訝な面持ちで僕のことを見つめていた。僕は気まずい思いで目をそらして静かにその場を離れると、一度も振り返ることなく、父の車が待つ場所へと踵を返した。
 何もかもを変えたいと望んで家を飛び出したあの日。あれからたくさんの歳月を重ね、町も、家も、人も年をとった。あの頃、若い自分が思い描いた未来の形とは違う自分がそこにいて、頼りない自分の掌から、ただ膨大な時間だけがポロポロとこぼれ落ちていった様を心に見ながら歩いている時、目の前にあの頃と変わらぬ匂いの風がそよいで、僕は急にあの頃へと帰りたくなった。お金も無く、ロクな仕事もしていなかったが、途切れることのない夢と、まだ母親が元気だった頃の日々が、今の自分に深い愛情の感懐をもたらしたのだった。
 
 車の中では、父が笑いながら誰かと電話をしていて、僕が車のドアを開けると、
「おい、お姉ちゃんからだぞ」
 と言って、ケータイを僕に手渡した。
「ちょっとぉー!人が準備をしてお腹空かせてあんたのこと待ってるのに、どこで何をやってるわけぇ!」 
「あはは、ごめんごめん、今ちょっと実家を見にきてたのよ」
と僕は答えた。
「はぁ〜?実家って…何でそんなトコにいるのよ!駅で連絡くれてから何十分経ったと思ってるのよ!こっちはあんたが十五時に来るっていうから、料理作ってどこにも出掛けられないでずっと父さん家で待ってるのよ!料理が冷めるー!」
 そんな姉の声が受話器越しから父に聞こえていたのか、父は小指でほっぺたを掻きながら、
「お姉ちゃん、声デカイなぁ」と言って笑った。
 気が立っている姉の気持ちを遮るように、いいじゃないか、別にそんなもん、と言った後で、姉がまたガミガミと文句を言ってきたので、わかったわかった、もう向かうから、と言って電話を切った僕は、無造作にケータイを父に返すと、辺りは急に静けさを取り戻して、空では二羽の真っ黒いカラスが並んで飛びながら、カァカァ、と鳴いていた。

「もういいのか?」
「うん」
 
 車のエンジンの音が再び日常を取り戻す。あのあぜ道も、森へと続く道も姿を消してしまった。だけれども、今となりで車を運転している歳を取った父が、手を振りながらあのあぜ道を歩いてくる姿が、何故か頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消え、幻のように揺らめくことをやめなかった。 そして何故かいつの日かまた、あの日と同じ光景に再び出会えそうな気がした僕は、今こうして我々が普通にここに生きていることに不思議な愛おしさを感じて、それがとなりにいる父に対してなのか、これからの日々に対してなのか、それはよく分からなかったけれども、妙に清々しい気持ちが僕をやわらかく包んでいた。

「ちょっ、ちょっと止めて!」
「何だ今度は」
「ションベン!」
 
 僕は小さい頃によくしていたように、今ではすっかり肩身の狭い思いをしてしまっている田んぼに向かってションベンをした。あの頃はチョロチョロとした短い放物線しか描けなかったションベンは、今では右へ左へと、大きな放物線を描いて、勢いよく遠くへと飛んでいた。

「ションベンビーム!はっはっはーっ!」
「早くしろ。何をやってるんだお前は」
 
 車の中から呆れた様子で父が言ったが、僕は聞こえないふりをした。
僕の頭の中では、あの小さな門を開ける時の金属音だけが、深い残響として鳴り響いていた。
 
 それは、どんな音よりも厳粛な響きで、まだ家族がひとつであった頃に家族の絆を刻み奏でていた、世界でたったひとつの、小さき愛しい音だったような気がした。
 

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