ニューライフパラダイス

  • 2016.07.12 Tuesday
  • 22:59


月並みなことだけど
手紙なんて書いてみたよ
夕べずっと考えていたんだ
そしたらなんか泣けてきちゃったんだよ

お別れは笑ってしよう
明日になればお腹も空くさ
でも僕はまたウソをついたよ
わかってる 心は知ってる

もっと一緒にいたかったけど
誰かれにも「その時」はやってくる
胸にあるタイムマシーン
乗ってばっかいないでさ
もう戻っておいでよ

そう 僕らが旅を続ける限りお別れはあって
手を振りあっては
同じ夢を見ていた空の下を歩いている

アルフレードはこう言ってたんだ
「ノスタルジーに惑わされるな」
「自分のすることを愛せ」ってね
トトはじっと聞いていたよ

そりゃ毎日好きなモノでも
食べていたら飽きることもあるだろう
でも今夜もまた浮かぶ月を見て
飽きるもんじゃないだろ?
眺めていたいだろ?

そう 僕らが旅を続ける限り思い出はあって
手を取り合っては
同じ月を見ている空の下で笑っている

ニューライフパラダイス
忘れないよ あの日の涙
ニューライフパラダイス
宇宙の彼方にまだ愛は隠れてる
だからそいつを探しにいかなくちゃ

そう 僕らが旅を続けた後で溢れてくる
その思いは誰かのためなんだよ
それが心を満たしてくれる

だから歩いてゆける
笑ってゆける
だから愛してゆける



【ガチ解説】
自分がまだ二十歳を少し過ぎた頃に観た名画中の名画『ニューシネマパラダイス』を初めて観た時の衝撃は相当なものだった。劇中で町を離れるトトにアルフレードが言った
「ノスタルジーに惑わされるな、自分のすることを愛せ」
というアルフレードの言葉に、トトに対する深い哀しみと深い愛情が交錯して詰め込まれていて、心の奥から切なさで震えたことをよく覚えている。
そのおかげで僕はその後の今日までの人生で、アルフレードの言葉に何度も助けられてきたし、あれから二十年以上の月日が経った今も、その言葉は生き生きと僕の胸の中でまだ蠢いている。
だからタイトルからも伺える通り、この曲の半分はアルフレードが連れてきてくれた曲なのだけれど、僕は僕なりの人生の中で出逢えた愛すべき人たちの顔が書きながらたくさん浮かんで、どんなに陳腐な存在であろうと、歌を作ってそれを歌える人間で良かったと、こうした思いを曲として残す手段を持たせてもらえたことに深く感謝している。

まだ七月だというのに、今年ほど自分が大切に思い、深く関わってきた人たちとのお別れが多い年なんて無い。それは、死も含めて。
この世界に「絶対」なんてことが無い以上、誰ひとり例外無く、今傍にいる人たちが来年の今頃にも自分の傍にいてくれる保証なんて無いのだと、だからこそ傍にいることは奇跡なんだと、僕はずっと思い続けてきた。
広い道の時は良かった、けれどこの先の道が先細りになって崖道になっていたらどうする。
明らかにキラキラとした街がその先に見えている道と、その先に鬱蒼とした森しか見えない道とで分かれていたらどうする。どっちへゆく?そうやって僕らは自らの意思であったり、誰かに誘われたりの選択を繰り返し、今、この道の上に立っている。

正解なんて無い。
僕らは繊細な糸で紡がれた世界で生きていて、それを解れさすまいとあくせくしているけれど、一度ほつれてしまった糸を再び同じように紡ぎ直すことがどれほど難儀なことか、それは分かってる。
何故って、人はそれぞれの異なるスピードとやり方でこっそり経験して成長しているし、傍にいなければそうした変化に気付くことが出来ないから。
同じ場所で再び巡り逢ったとしてももう違う人間になっている、それが道筋というものだから。

それでも人ってかわいくて、どんなことがあってもいつかはしっかり立ち直り、笑い、人に出逢って、また誰かを好きになって新しいコミュニティを築き、幾多もの色の糸をまた自ら紡いでゆく。
新しい仕事に就いて新しい評価を手に出来る人もいれば、家庭を持ってパパやママになり、新しい喜びや新しい価値観を手に、真っさらで新しい人生を歩んでゆく人だっている。
自分が知らなくたって、大好きな人たちがどこかでしっかり人生を謳歌している、と想像するのは、相手が大好きな人たちならば楽しいことなのだ。

人を思う時って、自分がとてもたくましく思えるんです。
若い頃のように、根拠のない自信を掲げて自分自分と胸を張っていた頃よりも、ずっと深い部分でたくましく思えるんです。
それはなぜなんだろう、きっと大好きだった人や大好きな人からの言葉の欠片を拾い集めて胸がいっぱいになっているからなんです。
だから今までいた場所とは違う新しい環境での帰り道にふと、同じ月を見ているのかなぁ、と自分を通り過ぎた人たちのことを思える瞬間が多ければ多いほど、その人は良い人生を送ってきたに違いないし、その一瞬こそ胸が痛んでも、その時に笑ってさえいられたら、傍で笑ってくれる人がいれば、それは豊かで愛しき出来事としてまたひとつ自分自身に重ねられる瞬間になると信じているんです。

今の僕にはわかる。アルフレードが言った「ノスタルジーに惑わされるな、自分のすることを愛せ」という言葉には、自分という人間がトトにとって絶対という存在に成り得なかったことへの哀しみであり、絶対という存在としてトトを傍に置いておけなかった自らの無力さと悔しさに溢れていたのだと。

自分のためだけに生きるには限界がある。
絶対的な存在が傍にあるからこそ、絶対的に成り得る人が傍にいるからこそ、人間ってたくましくも弱くもなれる。
この世界の向こうにはきっとそんな人がいるよ、もしかしたらもう傍にいるんだよ、そうした気持ちを歌にしたかったんです。
でもまだまだ力不足なんだ。
伝えたいことの半分も表現し切れなかった。
だから僕はそれを手に入れるまでは歌う。
伝えたい人がいる限り僕は歌うんです。

でもね、アルフレードはウソつきだよ。
トトはアルフレードに言われた通り、ノスタルジーに惑わされず、自分のすることを愛しながら生き続けた。
だけどそんなアルフレード自身はノスタルジーに惑わされながら生き、そして死んでいったのだ。
そんな、かつていつも一緒にいたアルフレードとトトが、長い年月を越えてその思いを再び巡り合わせる最後のシーンは、人間という生き物の儚さと愛しさ、そして悲哀を含んだ喜びを教えてくれる。

僕も死ぬまでにそんな歌を作りたい。
届けたい人に届く歌を歌いたい。
この曲がそんな足掛かりとなる曲となってくれることを願って。

生まれる前から愛してた

  • 2016.06.29 Wednesday
  • 12:52


僕は何をしてたんだろう
時間ばかり奪って
季節だけ過ぎた

あなたは今何をしてるんだろう
僕を呼ぶ声が聞きたいよ

なんにも怖くはないから
その手を離していいよ
あぁ思えば それを口にしたあの日に
運命がそっと動いたのかな

だけど生まれる前から知っていたような
そんなあなただから
必ずどこかでまた逢えるよ
だからどうかその時までのバイバイ

だって生まれた時から愛していたような
そんなあなただから
残ってる言葉には出逢えるよ
そのたびに僕は力が湧く

ずっと生まれる前から愛していたような
そんなあなたとなら
必ずどこかで繋がってる
その時までどうか覚えていて

だけど誰かのものになるのかな
誰かのものになるんだろう
誰かのものになったなら
その時はどうか

生まれる前から愛してたあなただから



【解説】
たった二日前に出来た新曲で、歌詞と曲が同時に出てきたので、元来遅筆な僕が半日もかからずに書けた。
ギターも持たず、外でiPhoneのボイスメモに録音しただけなので、当然歌う際のキーもコードも分からず、27日の月曜の夜にギターの近沢くんを呼び出して一緒にスタジオへ入り、キーとコードを確認した。近沢くんは急な呼び出しだったのにも関わらず、僕の要望に応えてギターを二本持ってくれた、ありがとう。そしてどうやらキーはAでした。

男って情けない生き物ですよね。
「やっぱ好きやねん」に代表されるように、世の中には男が女心を歌って刹那的に歌い上げる曲に溢れているけれど、実際の女の人はそんなにヤワな生き物なんかではないと、僕は思っている。
男は名前を付けて保存、女の人は上書き保存、とはよく言うけれど、道に例えれば、男はひたすら真っ直ぐな道を歩き続けて振り向いては、まだあそこにいる、ちょっと歩いてはまだあそこにいる、と安心し、また少し歩いて見えなくなったら不安になり見えるところまでまた戻る、しまいにはもうそこにはいないのに、まだあそこにいる、と思い込んでは立ち止まって凝視し続ける、そんなバカな生き物なのだと思います。なぜわかるのか、って、それは僕が男だからに決まってる。

女の人はその長さこそ個人差はあれ、曲がり角を曲がってさえしまえば、もう一度その曲がり角へ戻って探しにゆくことなどないのだと思います。
女の人は男と違って暇ではない。
だから後ろを歩く女の人が曲がり角を曲がって見えなくなってしまう前に手を差し出してあげなきゃいけない。もしくは後ろを歩く女の人を見失わないようにしっかり見ながら前を歩かなきゃいけない。
でもそもそも女の人が男の後ろを歩いている、という発想自体が陳腐な自惚れで、男がボーッと空を見上げている間に女の人が男を追い越して、しまいにはその先の曲がり角をすでに曲がってしまっている、なんてこともある。
だからたいした距離を歩いたわけでもないのに振り向いたらもういない、そんなことも起こる。
何にせよ、どんなパターンを想像してもひどく滑稽で、やっぱり男はどこまでもバカな生き物だ。

出来ることなら真っ直ぐな道も曲がり角も、登り坂も下り坂も、雨の道も嵐の道も、お天道様に照らされた道も月明かりの下の道も、本当に本当に大好きな人ならば共に一緒に歩きたい。
でも必ずどこかで疲れてしまう。そんな時、自分はどうするべきだったのか、戻るべきだったのか、休むべきだったのか、良い道を探してあげるべきだったのか、考えれば考えるほど答えは風に乗ってあちこちに舞ってしまう。

だから男は女心を勝手に想像してはラブソングを歌い、歌の中で精算しようとする。
精算の意味が悲しみなのか再生なのか、それは現実の世界の話だけれど、少なくとも男は歌の中で夢を見て、そうであって欲しいという望みや願いを持ってラブソングを歌う。
女心を都合の良いように勝手に解釈して妄想すること。
これはつまり、男心の最もたるところなんですね。
でもだからこそ、僕は世の中に溢れる男が女心を思う曲って大好きなんです。
だからそれを伝えられる男のシンガーが大好きで、自分もそうでありたいと願うんです。

それが例えどんなに陳腐なものでも。
だって男自体が陳腐なのだから。
僕自身が陳腐なのだから。

僕の車窓から

  • 2016.06.13 Monday
  • 23:16

since1996 敦煌 月牙泉

僕を乗せた汽車は西へ向かい
煙をあげて走る
そして僕は 君を思う
旅へ出て 君と離れて
半年が経ち 一年が過ぎ
君は元気にしているのだろうか

あの頃が懐かしい
あの頃が懐かしい

旅へ出た理由は僕にもよく分からない
分からないけど
君にはずっと分かっていたことだろ?
ほんの少し寂しいけど
それは君も 君も同じ
強くなるよ 頑張ってみるよ

いつも自分に甘えてばかりいた
だけど一人じゃ何にも
出来ないわけじゃないだろ?
急ぐことはない でものんびりも出来ない
何が大切なのか分かるためには
傷つくことだって必要だろ?

きっときっと きっと上手くゆくはずさ
でもちょっと 今はちょっと少し
君の声が聞きたい
車窓から見える今日の月はやけに青くて
だいぶ汚れた君の手紙を読むたびに
思い出すんだ あの空を

日が暮れる時 夜眠る時
考えること ひとつだけだな
君のことさ ふたりのことさ
こんなふうに離れていても
寂しさを力に変えてゆくことが出来るのなら
素敵なことだよね

今日も誰かと 手を振って別れる
なんでこんなに涙が溢れてくんだろ
僕も行かなきゃ そして少し急がなきゃ
どうしても譲れないものがあるなら
無理することだって必要だろ?

でもほんのちょっと
ちょっと弱くなってしまう夜もある
だからちょっとくらい
ちょっとくらい君に誉められたいな

きっときっと きっと上手くゆくはずさ
でもちょっと 今はちょっと少し
君の声が聞きたい
車窓から見える今日の月はやけに青くて
だいぶ汚れた君の手紙を読むたびに
思い出すんだ あの空を

君の瞳も唇も髪も耳も
指も胸もすべて思い出すのさ



【プチ解説】
現在の自分の代表曲と呼べる曲が『月にさけべ!』や『さよならリメンバー』であるとしたら、二十代の頃によく出演していたLOFTの店長やお客さんたち、つまり友人を除く多くのお客さんに初めて評価して頂き、ライブのたびに必ず歌っていた曲がこの『僕の車窓から』だった。
当時はライブのたびにアンケートを取っていたのだけど、ある日、のちに一緒にバンドを演ることになるMSGのメンバーであるサモンちゃんから、
「ナオトさんのライブはお客さんがみんなライブ中に歌詞をガン見していて異様な光景だ!」
との声に、言われてみれば確かにそうだ、と思ったのと同時に、アンケートを取ることに何の意味があるんだろう、と思い直して止めてしまったものの、毎回10〜12曲を演奏して歌うステージで、しかもカラー表紙歌詞冊子付きのアンケートに、殆どの人たちがマルを付けてくれていたほどの人気曲でした。

今はワンマンはもとより、長い時間のライブの時でも殆ど歌わなくなってしまったけれども、自分の中ではとても思い出深い大事な曲として今も胸の中にしっかり残っています。

不定期ながらも毎回デュオを組むたびに好評の声を頂いているもりきこJUNNYちゃんと、レパートリーも増えてきたことだしそのうち二人でワンマンを演ろう!なんて話も出ているので、その時にこの曲に出逢ってもらえたら嬉しいですね。
汽車なんて今の時代走ってませんよね、なんて当時は言われたものだけど、走ってたんです、西の方の中国では!
この曲を作るきっかけとなったのは下記のブログの体験が元となっています。
旅のことはもちろん、当時のナオトバンドも懐かしい。
モノより思い出とはよく言ったものです。
そのうち若き頃の旅回想記など書いてみたいですね。

2013年2月18日のワンタイ参照。
『旅の話、そして現在。』

自転車ストロー

  • 2016.03.04 Friday
  • 20:10


「さ、早く帰らないとお母さんが心配するよ!」
姉のその言葉で、スーパーのジューススタンドでクリームソーダを飲んでいた少年はいそいそとソレを飲み干し、ストローだけを名残惜しそうに口にくわえながら、急ぎ足でスーパーを出ようとする姉の後を追った。夏も真っ盛りの八月、小学五年の姉と二つ違いの弟である少年は夏休みの真っ只中で、暑さに茹だりながら部屋でゴロゴロとしている様子を見た母親が、いつまでも家でゴロゴロしていないで外にでも行って来なさい、と言って、伯方の塩と胡麻油、あとはボソボソになりかけているお父さんの豚毛の歯ブラシを一本買って来てちょうだい、との使いを頼まれて、姉と少年は自転車で家から十分程の距離にあるスーパーへと買い物へ来ていたのであった。

「ねえちゃん、無線ごっこしながら帰ろうぜ!」と少年は言った。
しかし姉はそんな少年の言葉など気にとめず、そそくさとスーパーの自転車置き場へと向かうと、
「くだらないこと言ってないで、ほら、早く行くよ!」
と言って買い物袋を自転車の籠に入れると、脇目も振らずに先へと自転車を走らせた。少年はくわえていたストローを自分の自転車のハンドルについてあるベルの隙間へ無理やり挟みこみ、まだクリームソーダの甘い香りが残る口元の蛇腹の部分をククッと自分の口のほうへと曲げると、
「応答願います!応答願います!」
と無線機のマイクに見立てたそのストローの先に向かって叫びながら姉の自転車を追った。無線ごっことは、たった今少年が思いついたことで、自分と同じように姉にも自転車にストローを取り付けてもらって、応答願います!と言ったら、了解!などと応答してもらいながら自転車を走らせて欲しかったのだが、無線ごっこをするにもそもそも姉はストローをすでに捨ててしまっていたし、そんな頓知間なくだらない遊びに小学五年にもなった姉が付き合うはずもないことが、少年にはまだよく分かっていないようであった。

「待て待てーー!待つのだーー!」
先をゆく姉と少年の距離は、二トントラック三台ぶんくらい離れていて、姉は下に国鉄が走る陸橋のふもと付近へとすでに差し掛かっていたが、あの陸橋を越え終えるまでには姉の自転車を追い越してやるのだ、と少年は強く決意し、鼻息をいっそう荒くして立ち漕ぎをしながら姉の自転車を猛追した。少年は陸橋の上り坂を一気に上り切り、下り坂の中腹付近でついに姉の自転車を捕らえると、少年は前傾姿勢でストローの先に向かい、
「発見!発見!ただいま敵を捕らえました!」
と叫びながら姉の自転車の脇をすり抜け、ついには追い越したのであった。
「おーー!いえーーーーぃっ!!」
無線ごっこなのだから、敵もクソもないはずなのだが、少年はこの戦いの勝利者となり、得意気になって姉のほうを振り向いた、その時である。

立ち漕ぎをやめてサドルに座りかけた際、猛スピードで走っていた自転車のペダルから少年の足が外れて路面に足が付くと、瞬時にしてバランスを崩した少年は転倒してしまい、多くの車やトラックが行き交う車道へと自転車ごと投げ出されてしまった。あまりに一瞬の出来事に、少年はいったい自分の身に何が起こったのか分からなかったが、投げ出された少年の体と自転車は少年の意思で止められるはずもなく、陸橋の下へ下へと転がることを止めなかった。
少年のすぐ後方を走っていた青い色をしたダンプカーが、その重い体を制止しようと、すさまじくも忌々しい大きな音を立てながら急ブレーキをかけ、それは少年のすぐ足元で止まった。
「バカヤロー!」
大きな怒声が仰向けに倒れている少年の頭の上から聞こえて、トラックのドアが激しく開かれると、白い汚れたタンクトップを着た屈強な男が血相を変えながら降りてきて少年の元へと駆け寄ると、
「大丈夫かおい!」と倒れている少年の細い肩をさすった。
「うぅぅ、、うぅ、、、」
少年は路面を転がっている際に顎と肩、肘と裏太ももを強かに擦りむいて、特に半ズボンから覗く右足裏太もも辺りは広範囲に渡っての擦り傷を負っていて、霜降り肉のようになって赤い血が滲み出している擦り傷の中には細かい砂利が多数食い込んでいた。男は少年の小さな手を握りながら、「頭打ってないか、大丈夫か!」ともう一度問いかけた。
「うぅ、すいませんでしたぁー、、、」
少年はそう言って路上に座りながらペコリと男に頭を下げると、男は少年の顔と体をくまなく凝視して確かめた後に、「よし!」と言って、握ったままの少年の手を引き上げて立たせると、少年の頭をクシャクシャと激しく撫でながら、
「気をつけろよォー、こんなところでお前、、、危うく轢き殺すところだったぞ!」と言って、少年は、「うぅ、ごめんなさぁい、、、」と言って再び頭を小さく下げた。

陸橋の片側車線がそのダンプカーを先頭にして渋滞を起こし始めていて、その反対側車線では、そんな少年と男とのやり取りを、何事か、と思うような目で見ながらゆっくりと車が傍を通り過ぎていた。そしてどこの誰かかは分からないが、道路の真ん中まで放り出されてしまった少年の自転車を押して陸橋の壁にかけてくれていた。そんな最中、心配もせずに後ろで大笑いしていたその姉とは、少年であった僕の、実の姉である。まったくひどい人だと思う。

その後、白い汚れたタンクトップを着た男が運転席からヨレて古びた絆創膏を二枚持ってきて、その太い指で少年に渡すと、
「貼っとけ。でも家帰ったらちゃんと手当てしとけよォ、気をつけてなー」と言って僕の頬を軽く叩きながらニヤリと笑い、後続車の運転手に軽く頭を下げながら足早にダンプカーへと乗り込むと、荷台からバラバラと砂利をこぼしながらその重そうな体を再び手荒く動かした。やがて渋滞していた車列が正常な流れを取り戻すと、僕は壁にかけられた自転車のもとへびっこをひきながら歩いてゆき、ひしゃげて歪んでしまった前輪を、少し先にあったガードレールとガードレールとの間に挟み込みながら、必死に元に戻そうと試みたが、車輪はいつまで経ってもひしゃげたままの形で、元通りの姿には戻ってはくれなかった。

姉は本当に可笑しい、といったように笑いながらやっと僕のもとへやって来ると、
「だいじょぉーぶー!バカだなぁもう!」と言いながら、霜降り肉になった僕の裏太ももを覗き込んだ。
「うるさい!なに笑ってんだよ!」と僕は泣きそうな声で抗議した。

「なおちゃん、そんな自転車はここに置いて、おねえちゃんと二人乗りして帰ろ」
「ねえちゃんのバカタレ!」
「なんで?なんであたしがバカタレなの!」
「ねえちゃんなんて嫌いだ!この薄情者!」
「なんでー!なおちゃんが一人で勝手に無線ごっこしようなんて言って勝手に転んだんでしょー!」
「うぅ、、、!姉ちゃんなんて嫌いだ!先に帰れ!」

僕はひしゃげてしまった自転車を押しながら、家までの道のりを歩いた。先に帰ってしまっていたと思っていた姉が、陸橋から少しばかりいった曲がり角を曲がったところで待っていて、傍に来た僕の額を笑いながら突つくと、持っていたピンクのハンカチをそっと太ももの傷に当てながら、
「あーぁ、痛そ!本当にバカなんだからぁ、お家帰ったらすぐ手当てね、さ、帰るよー」と、さっきの男と同じことを言って、僕は痛い痛い、と言いながら、僕に代わって姉が押してくれている僕の自転車のひしゃげた車輪が、歪曲しながらクルクルと回り続ける様をぼんやりと見つめながら歩いた。
それがひどく天気の良い日で、あちこちに大きな入道雲が生えて空を塞いでいたことはよく覚えている。けれども無線機のマイクに見立てたストローがどこへ飛んでいってしまったのかは僕には知る由もなかったし、知る必要もなかった。

あれから何十年という月日が流れて、僕は少年から青年を飛び越えて中年になってしまったが、大人になった今も、そこがモスバーガーであろうとマックであろうと、こうしてストローを見るたびにあの時のことを思い出す。
遠く、青い日々の、まだ恋も知らぬ頃の思い出の一頁である。

コピーアンドペースト

  • 2016.01.06 Wednesday
  • 20:00


毎年毎年、正月に書くことなんて決まっているのだから、いっそのことここはコピペでも構わないじゃないか、という気もするけど、文章だからコピペなんて言葉があるものの、毎朝仕事先で口にするおはようございます、という挨拶なんて、ある意味コピペのようなものだ。だってそこにどれだけの想いが込められているのかと問われれば、ただ無感覚に口にしているだけのほうが遥かに多いはずだし、それに比べれば文章での挨拶は表情は見えないものの、遥かに想いを込めて書いている。
何せコラムカテゴリーとしてワンタイを書くのは昨年の四月以来八ヶ月ぶり。
今まで何をしてたんだ、ということはさて置きとしても、お久しぶりです、という挨拶もあるのにコピペなんてするわけにはいきません。
ということでワンタイを訪れてくれた皆さま、心を込めて、新年明けましたねおめでとうございます!
(そもそもこんな短文をコピペする必要は無い!)

それにしても2016年ですよ、2016年!
長い長い間人々の心に棲みついて、西暦1999年を迎えることに恐怖を感じていたノストラダムスの呪縛から解き放たれてから早17年。今や若い子たちにノストラダムスと言っても、あー!マリファナ吸える国ですよね!なんてトンチンカンな返事が返ってきて、あのね、それはアムステルダムだよ、、、と教えてあげても、あ、そうでした!間違えました!運河でしたね!なんて言われて、運河?とこっちの頭が少々混乱してしまうほど、ノストラダムスは取るに足らない存在に成り下がってしまったが、考えてみればルパン三世の山田康雄だってドラえもんの大山のぶ代だって今の子たちはきっと知らない。
それもそうだ、だってその逆も然りで、山田康雄を引き継いだクリカンならまだしも、大山のぶ代のドラえもんを誰が引き継いだのかなんて、ウィキペディアでも開かない限りおいらだって知らないのだ。

でも知らないことは恥ずかしいことでも何でもないよね。むしろ知らないという事実を知ることで、自分はもちろん、相手が今日これまでの間にそれらの物事に対して何の興味も抱いてこなかったことを知ることが出来るのだから話は早い。
知らなかったことを知れたことで興味を抱くきっかけになることもあれば、知らなかったことを知ったことで、いよいよ決定的に興味を失くすきっかけになることだってあり得る。あぁ、だから人って面白い。
このワンタイというブログにしても、なぜ八ヶ月も更新しなかったのか、という理由は誰も知らない。
ただ、拝読する意思が無くとも受動的に目に入ってきてしまうTwitter等のSNSとは異なり、ブログは受動的とは違う、興味を持ってもう一歩踏み込んでくれた人たちが訪れる場所だと思っているので、おいらももう一歩踏み込んで書き綴る必要は、ある。何があったかを伝えたいわけではなく、それらを通して何が残って何を思ったのか、そうした心情を少し書くことくらい、ここを訪れてくれた人たちに対しての礼儀なのではないか、と勝手に思っている。
ではなぜ八ヶ月もの間もワンタイを放置していたのか。
それはズバリ。おいらだってよく分からないのだ。

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便りが無いのは良い便り。
最近の在宅老人たちの末路を思うと、そんなことももう言っていられないだろう。
便りが無いのは死んでる便り。
ま、いくら何でもこれは不吉だ。

ただ去年の一年間は、とてもモノ作りをする人間とは思えないほど、アーティストとしては完全に終わっていたと思っている。
もちろん良いことも嬉しいこともたくさんあったけれど、それはただ自分自身の利益に限られたことで、自分が誰かの役に立っているという実感がまるで希薄な一年だった。なのでこれを糧にして今年は、、、というより、人として有益な時間を得てこれなかったこと、いや、与えてこれなかったことへの憂いは、一年ぶんのブランクを背負ってしまったくらいの気持ちでいる。
ウサギは寂しいと死んでしまう動物と聞くけれど、人間は寂しくたって別に死にやしない。
けれども、誰の為にもならないような時間を多く過ごすことはやがて人間の心を貧しくさせる。貧しくさせているのは何だ。それはただ心の中で様々なモノが死にかけているからで、むしろそこに何も無いのだ。
それは寂しいなんてもんじゃないし、悔しいなんてもんじゃないし、情けないなんてもんじゃない。でも巡り巡って同じ場所をぐるぐると回るから、よく分からなくなってくる。だから死んでしまいたい、とかろうじて思うかも分からないけど、そんな勇気も無いし、そもそもそんな気も無いし、それも踏まえて生へのエネルギーのほうが遥かに勝っているから、ウサギの気持ちはやっぱり分からない。

さきほど、知らないことは恥ずかしいことではない、と書いたけれど、知ってしまうことで怖くなったり躊躇を覚えることに比べれば、知らないことで恥ずかしい思いをしたり怒りを覚えたりすることのほうが質量が軽い気がしてのことだ。
だって総じて言えば、知らなければ許すも許さないも無いけれど、知ってしまうことは、それを許せるかどうか、という本質に繋がって深く問われるわけでしょう。
おいらは人に迷惑ばかりかけてきた人間だから、人に対して人に迷惑をかけるな、とはとても言えない。もし言えるとしたら、これからもお前に迷惑かけるから、お前も俺に掛けてくれ。それだけに尽きる。
でも言えない、って何だろう。それは負い目も理由のひとつ。負い目が増えれば増えるほど、言いたいことは次第に言えなくなるし、言葉の説得力は急速に失われる。そもそも言葉の説得力云々の前に、キュークツになっている心からそんな言葉が生まれるわけがないし、そんな人間が偉そうに何かを言ったところで、あいつ何言ってんだ、となる。
俺は(私は)今までの人生の中で負い目なんて一つも無い、と胸を張って言える人ももちろんいるだろう。でも自分は違う。負い目を背負うことが悪いことだらけとは思わないけれど、やっぱり荷物は軽いに越したことはないし、やっぱりそのせいで誰かに迷惑はかかっている。心を身軽に保ちたいのなら、自分が望むような自分であり続けたいのなら、自分が思うように人に何かをしてあげたいのなら、出来るだけ負い目を持たないことか、減らすことだろう。
そして心を強く保ちたいのなら、誰かの荷物をそっと預かってあげることだ。
そして内田裕也ならきっとこう言うだろう、バカ野郎、人に迷惑かけなきゃロックじゃねーよ、大事なのはそれを許せるかどうかなんだよ、サンキューロックンロール。

内田裕也がテレビでコメントを口にするたび、ロックンロールは関係ねーだろ、といつも思う。
でももし内田裕也がそんなことを言っていたら、おいらはきっと許してしまう。

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去年はずっとそんな日々の中にいて、自分に足りないモノばかり探して搔き集めていたら、逆に余計なモノばかりが増えていた。
そしてワンタイは、余計なことばかり書いているような気がして、更新をためらったり消去したりを繰り返していたのだが、余計だと思っていたことにこそ大事な言霊が潜んでいて、いざきちんと書こうと思ったら、すっかり書く力が失くなっていた。
今回だって危ない。ただでさえ書くことに長けているわけでもないのに、この八ヶ月のブランクでこんなまとまりの無い文章をここまで羅列させている。危険だ、更新するのやーめた、となりかねない。
でも新年の挨拶を考えれば、鏡開きまでの間に更新する必要があるし、僕、人生楽しんでます!今日友達とこんな遊びをしたよ!友達多いっしょ!ライブ絶対観に来てー!
書きたくないよね、そんなこと。そんなアピールをしたいだけの場なら、とっくにブログなんてやめている。

消えたと思っていても、大事な場面や肝心な瞬間で不意に顔を出してくるのがMr.コンプレックス。
やぁ、またおまえさんかよ、となる。
哀しみやコンプレックスは質量が重いから常に沈殿する宿命にあるけれど、あくまでもそれは沈殿であって、殆ど消えることは無い。時が経って上積みが幾らキレイになったところで、自ら掻き回してしまったり、他者から掻き回されたり激しく揺さぶられたら、それまで沈殿していたモノはあっという間に広がって上積みをそれらで染めてしまう。だからまたそれらが沈殿してゆく様をしばらくジッと見つめながら、時々上積みだけをドボドボと注ぎ足してみたり、容器そのものを入れ替えてみたりするのだけど、結局は上積みを注ぎ出そうと容器を入れ替えようと、ましてや沈殿する時をジッと待ちながら見つめていようと、そんなことをしていたって問題はいつまでも解決しない。
キレイな上積みだけを飲もうなんて都合が良過ぎるし、上積みだけ相手に飲ませることもまた然り。
むしろ掻き回して薄くなった時こそ、それらを一気に飲み干す絶好の機会ではあるまいか。今回のワンタイはまさにそんなモノ。

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「ちょっとおやじさん、大丈夫?」
年齢は六十五、六、と言ったところだろうか、まるで土下座でもするかのように路上に額を擦り付け、体を小さく丸めながら微動だにしない男の傍を、怪訝な表情というより、無関心な様子で通り過ぎる人々の中で、おいらは男の肩をそっとたたく。
別に親切にしてやろうと思ったわけではない。ただ、仕事場の入り口を塞ぐように男がうずくまっていたので声を掛けた、と言ったほうがきっと正しい。
埃だらけのボア付きの紺のジャンパーから、どこが発生源かは分からないが、何日も風呂に入っていないかのような、あの脂っぽい特有な男の臭いが鼻をつく。返事がない。一瞬死んでいるのかと思ったが、どこかに怪我を負って血を流している様子は見受けられなかったし、顔を近付けてみると、うぅ、と小さな声をあげている。

「おやじさん大丈夫?どうしたの、生きてる?」
おいらは再び男に声を掛ける。
「○△×?∩∞≦♯〜〜」
「え、なになにー?」
「あしがよー、、、うごかないんだよォ、、、もうよー、、、」
ひどく小さな声だったが、おいらの呼び掛けにそう答えると、沈痛な表情を浮かべながら寝返りを打つようにして、男はそのまま路上に仰向けになってひっくり返ってしまった。
「あらー、、足かー、、、痛い?立てる?いけそうなら手ぇ貸すよ、ほら」
「○△×?∩∞≦♯〜〜」
「なになにー?おやじさんおうちどこ?帰れるー?とにかくこんな道のど真ん中で寝てたら蹴飛ばされちゃうよー」
「いいんだよォ、、、死んだってよぉ、、、もうよォ、、、おれなんかよォ、、、もう死んだってよォ、、、」
「わかったわかった、もうしょうがないなー、どうする?これおまわりさん来ちゃうよー」
おいらがそう言うと、男はびっくりするくらい小さな目を開けながら、
「にいちゃんわるいなぁ、、、わるいなぁ、、、いいんだよォ、、、おれなんてよォ、、うぅぅぅ、、、」
と言った。

こんな時、村上春樹の小説なら、やれやれ、という台詞がピッタリだろうな、とおいらは思った。
頭上では街のネオンがギラギラと光って、至る所から奇声や笑い声や音楽が聞こえる。短いスカートを履いた女の子二人組が向こう側からやってきて、今まさに、仰向けに倒れている男の顔のすぐ傍を通り過ぎようとしている。彼女たちにとって、目の前の男はもうすでに男ではなくて、その辺に転がっている石ころと大して違いはないのだろう。もしおいらがここに横たわっていたら、さすがにこんな顔元の上を通り過ぎようとはしないはずだ。
おい、チャンスだぞオヤジ!目をかっ開いてかわいいパンツを拝んでしまえ!

そんな時、やっぱり誰かが通報なり交番に伝えに行ってあげたのか、予想通りおまわりさんがやって来て、さっきまでのおいらと同じように、あーあぁー、どうしたの!ダメだよこんなとこで寝ちゃ!と言いながら男の肩をポンポンとたたく。
「ほらー、来ちゃったおまわりさん!うーし、じゃあ帰るよー、またね、おやじさんしっかりねー!」
「うぅぅぅ、、、にいちゃんありがとうなぁ、うぅぅぅ、、、」

男に何があったかなんて知らないし興味も無いけれど、どこを切り取っても強欲そうな街の喧騒と男の小さな生命力の対比が何とも生々しく、自分は何てまだまだ若いのだろう、と思った。あんな風にはなりたくない、と思ったわけではない。むしろ自分がいつあんな風になってもおかしくないとすら思う。
けれども何だか正体不明の勇気が湧いてきて、生きてるって、つまりこういうことだよぁ、と、日々への愛しさがふつふつと込み上げてきたのだ。
家族も友達も、仕事もしがらみも、好きな人も苦手な人も、お酒に酔っ払うことも女の子に酔うことも、歌を歌うこともギターを弾くことも、毎日はほぼ同じことの繰り返し。
でもそれは、コピーアンドペーストとは違うのだ。

たくさん持つことが必要なのではない。
必要なものを傍に、そして誰かのために必要な人であれますよう。
だからどうか、みなさん今年もよろしくお願いします。



『鈴木ナオトバンド 2015年もどうもありがとうドキュメント』2015.12.29 新宿OREBAKO

君と僕

  • 2015.10.20 Tuesday
  • 12:30


あぁテレビの中は
もうバラエティばっかりで
みんな必死になって
数字を取ろうとばかりしてるよ

「もううんざりね、なにこのつまんない人」
ノンアルビールを飲みながら 君が言う

ろくでもない
でもこの美しき世界で
今君に何を届けよう
頼りなき毎日に
胸がグッとくるような

君もそうだろ?
今もそうだろ?
何も難しいことはない

僕はそうだよ
ずっとそうだよ
今も聴こえるあのメロディ

ダーリンダーリン!
なんだいベイビー?
振り向けば
笑っている 僕のそばで

ろくでもない
でもこの麗しき世界で
君と僕の何を繋げよう
たくましく 矛盾もない
そう 愛と呼べるような

だけどそうだよ
みんなそうだよ
迷いながら歩いている
だからそうだよ
みんなそうだよ
一人より二人がいい

ダーリンダーリン!
こっちおいでよベイビー
抱き合えば
狭い部屋も広い海になる

そうだよ これでいいんだよ
君と僕 僕と君




【プチ解説】
色々とブログを書き溜めてはいるものの、なかなかまとまらずに書き終えることが出来ぬまま、気付けばワンタイの更新が何と三ヶ月も滞っている。
ブログを書き始めてから今まで十二年の間で、これほど長い期間ブログを更新しなかったことは一度も無く、いくら何でもこれは酷い、ということで、今回も前回前々回に引き続いて歌詞カテゴリーから、新曲「君と僕」のプチ解説です。

プライベートやライブMCでの下ネタが多いせいなのか、あまりそうしたイメージを持たれることなく誤魔化せている(誤解されている)と思うのだけど、自分の曲は明るい曲が少ないんです。じゃあ暗いのかと言われるとそんなことは無いのだろうけど、例えば朝の光が射し込む部屋で流せるような、例えば天気の良い昼下がりの海岸通りをドライブしながらかけたくなるような曲が僕には無いし、夏のBBQで誰かが持ってきていたギターを渡されて「ねぇナオトさん、何か歌って!」と女の子に可愛い顔で頼まれたとしても、そんな場面に相応しい軽快な曲を僕は作ってきていないのだ。
コレ、ちょっとしたコンプレックスでもあったんですね。

この「君と僕」は先月九月の代々木laboスリーマンに合わせた新曲だったのだけど、同時に自分の中では復帰作という意味合いもあって、今までの自分の曲調には無かったような軽快な曲を書きたかった。さよならリメンバー的な曲ではなくて、先述したような天気の良い午前やドライブ中に流したくなるような曲を書きたかった。
ただBメロからサビにかけてはだいぶ前から出来ていたものの、どうしても良いAメロが浮かんでこなくて、最終的には3パターン出来たのだけど、歌詞が同時に出てきて、なおかつ言葉乗りが良かった今の形に落ち着いた。

歌詞はメロディが無くとも詩として成り立つもの、とこだわり続けてきた気持ちはひとまず隅において、歌詞だけ読めば別に何てことない歌詞だけど、メロディに乗ると生き生きと言葉が動き始めるような曲を、と明確な目的を持って作った曲なので、それが一人よがりな結果になることなく、そんな曲として届いてくれたら嬉しい。
とは言うものの、やっぱり100%言葉乗りだけを重視した軽快なことを書き切れていないのがまったく自分らしいというか、伝えたいことを残しておきたい気持ちが歌詞に出てしまうのは、もう致し方ないのだけど、どこか一節にでもそういう思いを残しておかないと、歌い続けてゆくことなんて出来ないんだよね。

本当はもっと解説したいところだけど、今の時点でもプチ解説ではなくなりつつあるので、前回のようなガチになる前にやめておこうと思うが、あとひとつ。

初披露のライブでは、Aメロの五小節目からの歌詞を
“みんな必死になって笑いを取ろうとばかりしているよ”
と歌っていたのだが、僕がいうバラエティばかり、というのは何もお笑いのバラエティ番組だけを指しているわけではないので上記の歌詞になった。
あとは最後の一説を、
“君と僕 僕と君”
と現行のまま君と僕の距離感を保つべきなのか、
“君と僕 僕の君”
と歌って胸キュン度を上げてやるべきなのか、今も悩みどころである。

あぁ、今回も長くなった。


2015.9.21 代々木labo 鈴木ナオトバンド「君と僕 」ショートver.をワンタイ読者だけに限定公開。

小器用なひと

  • 2015.07.15 Wednesday
  • 21:00


あぁ、不器用なひとは言葉が足りなくて
胸の奥の思いを上手く伝えきれない
あぁ、おしゃべりな僕は無駄な言葉が多くて
どれも嘘じゃないけど君に上手く伝わらない

あの無口な人が笑えば
きっと季節外れな花も驚いて咲く
小器用な僕は 誰かに合わせて上手く笑う

水のように透き通ってたはずのこの思いは
覚えてきた言葉たちにジャマされてしまう
あぁ、軽薄なロマンチストの言葉より
不器用なひとの笑顔は美しい

もう何か面倒くさいし あなたがそう思うなら
もうこれ以上何も言うつもりもないけど

誤解がずっと解けないのなら
そのイメージの中で泳いでみましょう
あなたは何も知らないままで 僕を責める

泣くことよりは簡単なこの振る舞いかたは
時々すごく疲れるから ゆっくり眠りたい
もしかしたら一番守りたい人は誰でもなく
僕自身なのかもしれない

水のように透き通ってたはずの言葉たちを
覚えてきた知識とやらで難しくしてしまう
カッコつけることがこんなにカッコ悪いことだと
僕も気付いて

ホントは君も気付いてる
それでもイメージが大切な小器用さんは
今日もまた笑う



【プチ解説】
時々、君はナルシストだね、と言われることがあるのだけど、僕はそのたびに、ナルシストだなんて、それはある意味褒め言葉だよな、と都合良く解釈して胸に収めている。
だって他人がどう思おうと関係ない、俺は俺だから(私は私だから)と、いくら嘯いてみても、みんな少なからず他人のことを気にしながら生きているでしょう。
同じ出来事が起きても一人でいたらドラマにならないことも、二人でいるとドラマになるように、人は人と干渉し合いながら生きている。

先日、アイノライトのうみんちゅと呑んだ時に、自分が他人にどう見られているか、というよりも、他人に自分をどう見せるか、ということのほうが大事だよね、とセルフプロデュースについて大いに語り合ったのだけど、歩き方からビールの呑み方、腕の組み方から女の子の胸の揉み方まで研究した人間のそれは、明らかに他の人間のそれとは違うし、楽器を弾いてステージに立つ人間なら、どうしたらカッコ良く見せれるのか、と鏡を見て動きながら研究した人もきっと多かろう。

髪型しかり服装しかり、そんなふうに自分のことに気を配っている行為を、ある人たちはナルシストと言うけれども、これは自分が大好きというよりも、コンプレックスだらけの自分を好きになりたいが故の思いが根っこにあるからなのだ。

でも正直、何がカッコいいかなんて正解は無いし、そんなの分からないよね。
その辺については過去のワンタイで語っているので興味のある方は是非そちらを。
『カッコいいを語る』

人が人と干渉し合いながら生きている以上、自分のことを理解してもらえないことはとても寂しいことだ。
心の中が醜くうごめく時の元凶が嫉妬にあるとすれば、自分のことを正当に理解なり評価してもらえないというのは、小さな棘がいつまで経っても指先から抜けてくれないような、そんな感覚や気持ちになるものだ。
かといって、分かってもらおう分かってもらおうとして心を右往左往させてしまえば、自分の持ち味からどんどんかけ離れていってしまう。
かといって、平然と振舞っていれば、あの人は図太い人、との誤解を受けることもあるかもしれない。
そう考えると、それぞれのやり方は異なっていても、胸の中で感じている痛みややるせなさに大した変わりはないのだと思う。

普段優しい人がたまたま一度怒っただけで印象を損なうことがあったり、普段ムスッとしている人がたまたま一度優しくしてくれただけで印象が良くなったり、まったくイメージってヤツはダメージですよね。

それでも傍にいて本質に気付いてくれる人はいる。
だからそこを気付いてくれる人を大事にすればいいんです。
願わくば、その気付いてくれた人がそんな自分を見て、まったく見栄っ張りでしょうがない人ね、とこっそり笑ってくれたらなお嬉しい。
何か今回はちっとも曲の解説になっていないし、プチどころかガチになってしまったが、せめてこのPVを観てくれた人たちの中で、この曲の本質に少しでも気付いてくれる人がいてくれたら嬉しいです。

しかしそれにしても、iPod nanoだけで撮影したこのPVは、素人編集ながら本当に楽しかった!

道の途中

  • 2015.06.24 Wednesday
  • 17:25


人は生まれる時と死ぬ時は結局一人だから
せめて生きている間くらいは
人と関わっていたいんだ
だけど 傍にいる君が笑うたびに
なぜにまた胸が痛むんだ

求め過ぎたら壊れてしまう
だからこのままでいい
でも求めなくちゃ分からなくなるから
知ることも出来ないから
だけど 君を強く抱きしめるたびに
その力でダメになってしまう気もするんだ

やがて 君が何かに目覚めたら
背中をそっと押してあげれるかな
傍で笑う君の目の奥に映る戸惑いは
答えへの道の途中

君はまだ 僕のパンドラの箱を
ひっくり返してないから
その小さな手で一度くらいは壊してみて
その目で確かめてみたらいい
失くすことが怖いというよりはね
失くしていいモノのほうがたくさんあるから

やがて 君が高く飛ぼうとして
つまづいたら手を貸してあげれるかな
寄り添うことだけが幸せじゃなく
さよならも出逢いへの道の途中

本当はもっともっと
君を強く抱きしめることで
胸にずっとずっと
こびりついてた自惚れを壊したかったんだ

やがて 君が上手く飛べた時は
両手広げ 手を振ってあげたい
そうだね、また今度君が振り返る時
僕はそこにいてあげれるかな

ほらね、ここは道の途中だから




【プチ解説】
曲というのは少なかれ誇張はあるものの、大さじ二杯ぶんくらいの経験は礎としてそこにあるものだ。
僕はあくまでドリーマーでありファンタジスタではないので、完全なる作り話の中で歌は歌えない。
いや、もちろん歌えるけれど、言葉に共感して引き合える共鳴力が無い限り、言霊を含まない言葉はすぐに揮発して消えてしまう。
ただ同時にそれは、きっと自分に想像力が足りないからだとも思っている。

「道の途中」はもう十年以上も前の曲になる。
だけど今となっても切ない思いがこっそりと孕んでいる曲でもある。
プチ解説、などと謳う随筆欄を設けてしまったせいで、これは書かなきゃいけないのかとも考えたが、考えてみればこれも一つの曲に対する解説になっていることに気付く。
そもそも歌を作る、という行為自体、上手く説明出来なかった思いや出来事を、追憶と共に整理してまとめる作業なのだから。

ただ今思えば、己の自惚れを抱きしめることで壊すことなど出来やしないのに、それでもそれを繰り返していたのは、ただ純粋に抱きしめることで様々な思いを紡ぎ、むしろ自惚れがあったからこそ許し合えることが出来ていたのだと思う。

そしてどうか、どうか幸せに。
その思いは今も変わらない。

赤いパンツと言葉の火種

  • 2015.04.15 Wednesday
  • 19:50


赤いパンツを穿いている。一般的な男子がいったいどれくらいパンツを所有しているのかは知らないが、僕はざっと考える限り十五枚程度持っていて、メーカーは殆どがBodyWild。
その中で赤のパンツは三枚。お気に入りの下着があるのはきっと女性に限られた話ではなく、男にだってきっとある。
ということでこれらの赤いパンツ三枚はとても気に入っている、いわば勝負パンツだ。
しかし久々のブログなのにいきなり赤いパンツを穿いている、とは何事か。
単刀直入に言おう、僕は大事な日やライブの日は決まって赤いパンツを穿いてきた、という話である。

これはいわば自分なりの験担ぎみたいモノで、かつての常勝ヤクルトスワローズを率いていた名将野村監督が、チームが勝ち続けている間はパンツを穿き替えない、という験担ぎをずっと遂行していたように、もはやこの僕の赤いパンツはルーティンワークのようになっているので、ライブを始めとした大事な日についうっかり赤以外のパンツを穿いてきてしまった、ということは一度だって、無い。

なぜ赤いパンツなのか、理由は二つ。
昔、アジア放浪をしていたバックパッカー時代にインドのカルカッタを訪れた際、まだ在命中であったマザーテレサのミサへ参加した時に、あなたは赤がとてもよく似合うから、なるべく赤いものを一つでも多く身に付けなさい、との有難い言葉を頂いて今もその進言を守り通していること、というのはウソで、赤いモノを身に付けると体にパワーが宿ると聞いて、ならばと試しに赤いパンツを穿いてライブをしてみたところ、納得のゆくパフォーマンスが出来たことに加えて、お客さんからの評判が格段に良かったことに気を良くして以降、験担ぎは験担ぎでしかなく、それが本質的に頼りになるモノなんかではないことを知りながらも赤いパンツを穿き続けている、まぁそんな程度である。
自分自身、そんなに信仰深い人間ではないし、ずっと実行している験担ぎのようなモノは何かと考えてみたが、どうやらこの赤いパンツくらいしか思いつかない。
ちなみにマザーテレサのミサに参加したくだりまでは本当のことである。

ブログではよほどこれといった特筆するモノが無い限り、ライブレポート的なことは書かないようにしているのだけど、相も変わらずそんな赤いパンツたちを穿いて最近出演させて頂いたライブは、どれもこれも内容がしっかりとした上に愛のあるイベントばかりで、少し前のことになるけれども池袋SUNNY SPOTで行われたもりきこJUNNYちゃん企画にしても、先日の西川口Heartsでの斉藤省悟のレコ発にしても吉祥寺Shuffleでのうみんちゅpresentsにしても、会場のステージ側とオーディエンス側に隔たりが無い、とても素晴らしい雰囲気の中でのライブイベントだった。

ライブはまず自分たちが楽しむこと。それはもちろんそう思っているし分かるのだけど、演者側とオーディエンスの温度感に大きな開きが見て取れるような、自分たちが楽しければそれでいいじゃん、みたいなライブに成り下がっているステージやイベントに遭遇することもまた事実で、そういうライブを観てしまった時の感覚は、観ようと思っていたテレビ番組がつまらない四時間特番SPで潰されてガッカリ、程度のモノとはいえ、失望といえば失望とも言えるし、憤慨と言えば憤慨とも言えるし、もっとマジメにやれ!と思いつつ、観たモノすべてが跳ね返ってきて、自分もそんなライブをしてしまっているのではないか、と自問自答を繰り返す機会を与えられる夜だったりする。

特に最近は、つんく♂の声帯切除のニュースを知って、つんく♂がそれを決断するまでの気持ちや公表に至るまでの気持ち、そしてこれから過ごしてゆく声の無い人生を想像すると、歌うたいの思い云々は当然のこととして、つんく♂の強さを讃えるよりも遥かに、その絶望的状況に打ち勝てる自信などまるで無いことに打ちひしがれた。
同じ病気で清志郎が選んだ道とつんく♂が選んだ道はまるで真逆で、生と死で対になっているように思われがちだけれど、だからこそ本気で生きようとした強い気持ちは対どころか同じだろうし、浅はかな気持ちで、もし俺だったらこっちだな、なんて、そんなことは安直に口には出来ない。

そんなことを考えていたら、ふと、もう久しく逢っていないある人の言葉が頭に浮かんだ。
そのある人とは、仙台に住む僕の伯母の息子、つまり僕の従兄で、僕より二つ年上の姉と同じ、僕の隠れた兄貴のような人のことだ。

今から二十年ほど前、その従兄の兄さんが仕事でしばらくセブ島へ行くことになり、ちょうど今東京へ出てきているので、セブ島へ行く前にお前に逢っておきたいと、当時西千葉で一人暮らしをしていた僕のところへ突然連絡があったのだが、いくら東京へ出てきているとはいえ、兄さんがいる場所が東京の何処なのかも分からなかったし、東京駅から総武快速で四十二分、電車賃にして当時六百二十円もかかる西千葉は、とてもフラリと寄れるような場所にある町ではないはずだった。
それでも言葉どおりに兄さんは西千葉まで遥々とやってくると、僕の部屋に着くなり、
「近くに旨い鮨屋はないか?」
と僕に訪ねた。

当時の僕はといえば、寿司といえば廻る寿司かロボット寿司しか食べたことがなかったし、そもそも当時の僕は貧乏を極めていて、ガス、電気はもちろんのこと、水道まで止められて近くの公園まで水を汲みに行っていたような有様で、それでも飼っていたネコにだけには愛をもって食べさせていたおかげで、僕はネコ缶の残りに醤油をかけて食べる、まさに本当の猫まんまを食することも珍しくなかった。

「鮨屋ですか?それは廻る寿司のこと?」
「バカ野郎、廻ってる所じゃちっとも落ち着いて話せないだろう。少しばかり遠くても構わないから鮨屋を探しに行こう 」

そう言って兄さんから背中をポンと叩かれた時、そういえば家のすぐ近くに鮨屋らしき店があったことを思い出しその旨を兄さんに伝えると、
「よし、そこ行こう」
と白い歯を見せながら嬉しそうに兄さんは笑った。
僕は、旨いのか不味いのかすらも判らないその鮨屋へと兄さんを案内することに大変な不安を抱きながら、案内する側でありながらも兄さんの少し後を歩いたものだ。

僕は生まれて初めて行った廻らない鮨屋で、まずカウンター席ではどのような順番で注文し、どのような振る舞いをすればスマートなのかを兄さんから学んだ。
しかし残念なことに、あれから二十年も経った今になっても、その紳士的でスマートな振る舞いを試せる機会は一度も訪れていない。
なぜなら今の回転寿司屋さんが昔に比べて遥かに旨過ぎる、ということもあるけれど、何より廻らない寿司屋へ誰かを連れていけるほど僕の懐はいっこうに潤わない、ということが理由として挙げられる。
ただ、その時に食べた寿司がいかに美味しかったかを僕は今でも思い出すことが出来るし、確か二人で三万円弱ほどだった手書きの勘定を見た兄さんが、
「何だよココ、安いな」
とニヤリとしながら軽快な手ぶりで財布から大枚を三枚取り出し、ポーンと気前良く払った姿を今もよく覚えている。

兄さんはその鮨屋で、酒を呑みながら久し振りに逢った僕に熱く語った。
「お前の夢は何だ?夢があるなら俺に話して聞かせろ」
夢ー。
どんな貧乏暮らしをしていようと、僕には僕でそれなりの夢があった。
けれどもそれはただの夢で、そこに向かって具体的に何か真剣に取り組んでいたワケではなかったし、夢であったニューヨークでの暮らしを終えて帰国したものの、たかだか二十歳そこらの若造が手にしたものなど薄っぺらい経験ばかりで、おまけに安っぽいアメリカンナイズと安っぽい偏屈な頭まで連れてきてしまった僕は、目標を失っているにも関わらず、周りの人々を斜めに見ては、ただ漠然とした気持ちのまま日雇いのアルバイトを続けてすでに二年が経っていた。
そんな僕にとって、目の前にある大きな仕事に対峙し、ギラギラとした目をこちらに向けて僕の次の言葉を待っている兄さんの前では、そんな自分がただただ情けなく恥ずかしいだけでしかなかった。

その時僕は思ったものだ。
本気じゃないから言葉が途切れるのだ、と。

「直人、ジェットコースターに乗るようなマネだけはするなよ」
「ジェットコースター…!?」
「そうだ、ジェットコースターだ。ジェットコースターってのはな、ハラハラドキドキとした刺激的な乗り物だが、下にはしっかりレールが付いてるんだ。そんなものに乗って、自分が刺激的な日々を歩んでいると勘違いしてはいけない。それが一番恐いんだ。俺はな直人、本気で頑張るってのは、俺はもう明日死ぬんじゃないか、と思うくらいヘトヘトになるまで頭と体を動かすことだと考えてる」

僕とたかだか二歳しか歳が違わない兄さんのその言葉は、頑張っても頑張ってもこの情けない暮らしから抜け出すことの出来ない自分に、良くも悪くも棒で強かに胸を突かれたような思いをもたらし、男の僕から見ても格好良いと思える、そうした兄さんの思考を創り出す火種に触れたような気がした。
確かに兄さんは、本当に明日死んでしまうのではないか、と周りが心配するほど趣味に仕事にと打ち込んでいたし、何よりも、その目やら口元から滲み出る精悍な顔つきが、それが決してハッタリなんかではないことを証明していた。

思えば、当時若かったばかりに人の親切や思いやりに気付けなかったことがたくさんあり、時を経た今でも、あぁ、あの人は何て自分に親切にしてくれていたのだろう、何ていいことを言ってくれていたのだろう、教えてくれていたのだろう、という思いや悔いの欠片が、いったいまだどこに隠れていたのか、今もなお、刹那の欠片と共に見つかることがある。
当時の自分はそれに気付けなかったというより、むしろ気付こうとしなかった。
そこにあるのに気付けない、というのは大変に残念なことだし、気付かせてくれた相手に対して、のちに感謝の気持ちを述べたくとも、今はもう自分の傍にいない、ということは、それ以上に残念で悔しい思いをいつまでも胸にこびりつかせる。
もういい歳した僕には、きちんと説明出来る個性がきっとあるだろう。
なぜならどんな人間でも個性の無い人間などいないと思っているからだ。
ただそれは始めから内部に100%あったものではなく、外部からもたらされた情報や記憶に経験を加味して出来上がったものであり、そもそも元はと言えば個人のモノではない。

魅力的で格好良い女性が、深夜の洒落たバーでラッキーストライクを吸っているのを見て、あぁ、やはり格好いい女性は吸う煙草も違うのだな、と周りが思ったとしても、実際には、その女性が以前惚れに惚れ込んで付き合っていた男が吸っていた煙草がラッキーストライクだったから、という理由だけのように、人の個性とは、外部からもたらされたそれぞれの「個」をどれだけ時間をかけて吸収して「私」に変えてゆくかという作業で、その結果として自分に対するそれぞれの他人の記憶が自分の個性なのであって、すぐに忘れてしまうような記憶をなぞる振る舞いや言動などはただの飾り。
そんなことはこのワンタイで幾度なく書いてきた。

では僕が兄さんからのそんな言葉を聞いて、それから一度でも俺は明日死ぬんじゃないか、と思うほど今日まで何かに取り組んだことがあるか、と言えば、残念ながらそんなことは一度だってない。
かといって、頑張ったことが無いのかと言われればそれも違う。
自分は頑張ったと思える到達点の基準が人より低いのか、実際に頑張り過ぎて死にでもしなければ分からないことなのかもしれないし、僕の場合、そもそも本当の意味でのチャレンジをしないままここまで来てしまったようにも思う。
あぁ、ここまで来たのか、という感慨を胸に抱くことがあるとすれば、それは決して「歩」ではなく「時」でしかないことで、もっと突き詰めて言えば、これから先、僕自身気が付いたらここにいた、というより、気が付いたら死んでいた、ということにもなり得る生き方への危機感。
チームが勝ち続けている以上パンツを穿き替えない、という験担ぎを続けていた野村監督も、弱小時代のタイガース再建という大任を担った阪神監督時代に至っては、三年連続最下位という不名誉な記録をもって、大任どころか退任に追いやられた。
きっと、様々な色のパンツを何度も穿き替えたことだろう。
赤いパンツは勝負パンツだと思い込んでいた僕も、赤いパンツには何の意味も無かったことにも気付いた。

だが今になって、どうしてそんな二十年も前の言葉たちを思い出したりしたのだろう。
きっとそれだけ賞味期限の長い、力のあった言葉だったのだろうし、何よりもその言葉を発した兄さん自身が、その言葉を越えるほどの逞しい生き様を傍で見せてくれたからに違いないのだと思う。
説得力のある大人になること。
それは僕が昔から決めていた目標だった。
でも実際はどうだ。それは他人が決めることだけれど、そうした火種を僕も手にしているのかどうかと考えると、どうもその自信が揺らいでくる。

まさか兄さんが、いつか僕がそれらの言葉を思い出すことを予測した上で、あれだけ熱っぽい口調で僕に何度も何度も語りかけてくれたとは思えないし、あれから二十年以上経った今になっても、僕が兄さんの熱っぽい言葉たちを覚えているとは思いもしないだろうが、僕は確かにあの熱を受け止めて、あの言葉の火種を今もしっかりと抱いている。

ジェットコースターに乗ることは今でも好きだ。
けれどもその刺激と興奮に乗り続けることはとっくにヤメた。
むしろジェットコースターを降りたおかげで色々な景色をのんびり楽しめるようになり、色々な人たちのおかげで、キラキラとしたステージにもずっと立たせてもらった。
それはまるで、豪華な装飾が施されたメリーゴーランドの中にいるようで、手を振って、手を振られ、どれに乗っても眩い場所に変わりはなかったけれど、回転木馬の如く、気付けばそれもまた、同じ所をグルグルと回っているだけだった。

今、兄さんはどこで何をしているだろうか。
とても逢いたい気持ちでいっぱいだ。
仮に僕が兄さんのいた場所へやっとたどり着ける瞬間が訪れたとしても、
兄さんはもうそこにはいなくて、さらにもっと遠くへ、もっと高い場所へと行っていて、
「おーい直人!やっと着いたか!遅いぞ!いつまでもそんなところで休んでるなよ、こっちへ来てみろ、お前の知らない面白いもんがもっとたくさんあるぞ!」
とでも言って、あの自信に満ちた得意げな顔でニヤリと笑うに違いない。

赤いパンツを穿くのはもうヤメだ。
もしまだ穿き続けるつもりなら、持っているパンツをすべて赤にしてしまえ!
それが何色のパンツだろうとどんな人生だろうと、俺は人の役に立ちたいのだ。

そんなことを考えながら街を歩いていたら、名残り桜が風に舞って、ヒラヒラと僕の肩に落ちていた。


2015.4.1 Acoustic trio Live in 柏DOMe

鱗粉

  • 2015.02.23 Monday
  • 23:45


柔軟剤を入れて洗濯した衣類のようにふわっとした、
まるで春のチョウチョのような女のコに逢った。
その日はとても寒い一日で、傘をさしていても黒いコートを白く染め上げてしまうほどの雪が降っていた夜だったが、
隣りの春から一足早くやってきたチョウチョのように、僕の肩の傍をヒラヒラと舞っていた。

そんな春のチョウチョのような女のコが振り向くたびに、
その長い髪がサラサラと揺れる。
そのサラサラは僕の心をくすぐって僕の心をはしゃがせたが、
自分のそんな気持ちを悟られたくなくて、
はしゃぎすぎて上がった体温を冷ますかのように、
街の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

上品というのは、繊細なことを指すのだと思う。
繊細は繊細を選び、繊細は繊細なモノを超えて、
繊細なだけに細かい所にまでスッと入り込む。
だからあのサラサラはつまり上品だと、僕は思う。
そして、まるで春のチョウチョのような女のコは、
僕の心の中に暖かい春を連れてくる。

春のチョウチョのような女のコが笑う。
僕はそれを見て、楽しいと思う。
春のチョウチョのような女のコがまた笑う。
僕はそれを見て、この感情は何だろう、と思う。
春のチョウチョのような女のコが今度は大きく笑う。
僕はそれを見て、きっと好きだと思う。

僕の肩の傍をまたヒラヒラとチョウチョが飛んで、
僕はそのチョウチョが隣りの春へと帰ってしまわないように
そっと捕まえてみようとしたが、羽に触れた途端、
チョウチョの体が驚いたようにプルッと震えて、
僕はすぐに指を離した。

チョウチョは宙を回るようにしてパッと飛び立つと、
空中に螺旋を描き残すようにして鱗粉を舞い上がらせた。
舞い上がった鱗粉は僕の黒いコートの上にパラパラと落ち、
チョウチョはヒラヒラと飛びながら白い空の中へと消えていった。

繊細な感触と鱗粉だけが僕の指先とコートの上に残り、僕はそれをじっと見つめる。
それはどこまでも繊細で、どこまでも形の無い、
繊細なチョウチョの足跡のように見えた。

春になったら逢えるだろうか。
春を待たずに逢えるだろうか。
それはつまり、心の季節の問題で。

それはつまり、好きだからこそ問題で。

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